第5話 人生シアター

 映画館の扉が開くと、中は、ナイトバーのような間接照明だけの灯りで照らされており、外と違って落ち着いた雰囲気になっていた。


 内装は、美術館を思わせる通路に、奥まで続く一本の通路の壁には、絵画を飾るような額縁だけが飾られていた。


 佐藤さんは、私が先に入ってから、指をパチン!と鳴らす。


 すると、先ほどまで何もなかった額縁に、私と家族が映る写真が現れる。


 「え?なんで、私たち家族の写真が……」


 私が戸惑っていると、佐藤さんが説明してくれる。


 「これは、ご家族が亡くなられた方のお通夜の時に、遺影と一緒に飾られている写真がここに飾られるようになっているからでございます。理由は特にございませんが、亡くなられてもこうしてご家族の心の中で、思い出として生き続けるということを知って欲しくて、作られたサービスだと私は勝手に思っています」


 と、佐藤さんは、にっこりと笑う。


 私は、壁に飾られた写真を見る。


 最初の1枚目は、両親と初めて撮った家族の集合写真。小さい時から落ち着きのなかった私をお母さんが抱っこしてなんとか撮った写真だ……懐かしいな……幼い頃のことだからよく覚えていないが、母に抱っこされると、なぜか腕の中から離れたくないと思ってたな……


 佐藤さんは、私と両親が写る写真を見て、


 「いいお写真でございますね。茜様がこの頃から素直な方だったことが伺えますね」

 「そうなんですかね?私は、大人になって少しひねくれたと思っていたのですが、どうやらこの頃からあまり変わっていないみたいですね」

 「素直なことは素晴らしいことだと思います。大人になっていく過程で、普通の方はどこかにおき忘れてしまわれる方々が多いですから。それだけ、素直に生きることは難しく、苦しいことですから、すごいことだと思います」


 確かにそうだったな……周りから悪口を言われることなんて普通だったし、傷つけられることの方が多かった気がする。それでも、旦那が私を選んでくれた理由が「気づいたら、素直なところに惚れてた」って言ってたから、苦しい思いをした分、旦那という幸福を運んできたくれたんだから、素直でよかったと強く思った。


 2枚目は、その旦那と初めてデートをした時に撮った写真だった。


 「29年生きてきて、恋人との初めてのデートだったから、どんな格好をしていけばいいかわからずに友人に相談して、コーディネートしてもらった服を着て行ったことをよく覚えています。緊張のあまりに、2時間前に待ち合わせ場所についちゃって、近くのカフェでコーヒーを飲んでいつもより長く感じる時間を待っていたなんてこともありました。デートの最後には、タクシーで送ってもらったんですけど、疲れて、旦那の肩を借りて寝て帰ったことは、後から聞かされて、とても恥ずかしかったなぁ……」

 「ええ。写真からもとても緊張されていることが伝わってきますね。でも、本当に旦那さんしか目に入っていないこともよく伝わってきます。目線が少し旦那さんの方を向いていますから」

 「……恥ずかしいので、そんな細かいところまで分析するのやめてもらっても良いですか?」

 「おや?これは失礼しました」


 佐藤さんは口では謝ってくれたが、顔はイタズラ小僧のような笑みを浮かべていた。


 この人は……


 「さて、お次のお写真は結婚式でのお写真ですかね?」


 そう、次の写真は、私と旦那が自分の親に向けた手紙を読んでいるところの写真だった。


 「え!泣いてメイクが崩れている写真じゃない!しかも、旦那の顔が半分見切れてるじゃない!他にもっといい写真があったでしょう!ケーキ入刀の写真なんて満面の笑みで写っていたじゃない!選んだのは、旦那ね!本当に変わったセンスしてるんだから!」


 当の本人はというと、「ハクション!」とくしゃみをしていた。

風邪かな?と思いながらもお通夜に来てくれた人たちに挨拶をする。その顔は泣き腫らした浮腫んだ目をしていた。


 4枚目は、娘が生まれて、しばらく経ってから、私、両親、旦那と娘で撮った写真だった。


 「娘は、予定よりも早く生まれてしまったから未熟児で心配だったんです。どうか!どうか!私はどうなっても良いので、娘だけでも何事もなく無事に生まれてきてください!と必死に祈りました。祈りが通じたのか、娘は無事に生まれてきてくれました。娘を抱っこしたときは、なんだか「ありがとう」の気持ちしか湧いてきませんでした。その後も、私の幼い頃とは違って、私を気遣って家事を手伝ってくれるような優しい子に育ってくれて本当に嬉しかったなぁ。私の子供すごい!って1人の時に踊ってしまいましたしね…」

 

 佐藤さんは、先ほどのイタズラ小僧のような悪い笑みではなく、今度は優しい笑顔で話を聞いてくれる。


 「ふふふ」


 次の写真は、私が家族と撮った最後の写真だった。


 「これは、娘さんの誕生日ですかね?」


 写真に写っていたのは、娘を中心に右に私、左に旦那で撮った娘の3歳の誕生日の時の写真……うん!いい笑顔で撮れてる!


 「楽しそうでございますね」

 「はい!それは、もう!」


 でも、結局4歳の誕生日は祝ってあげられないのか……これを見ていると、嫌でも自分がなくなったことが現実のことだと改めて実感する……


 写真を見ていると、娘が生まれてから、亡くなる昨日まで本当にあっという間だった。夫婦で喧嘩したこともあったが、幼い娘が喧嘩は、め!と間に入って仲直りさせてくれたりなんてこともあったな……毎日毎日家事や子育て、パートでいきつく暇もなかったけど、そんな何気ない日々が、1番幸せだったなぁ……いけない!いけない!娘にどんな時も笑顔でいれば、苦しいことは嫌がって逃げていって、幸せが助けに来てくれるからね!って口癖のように言ってたんだった!笑顔!笑顔!


 「良いお写真ばかりですね」

 「はい!幸せな人生を送れたと思います!」


 私は、満面の笑顔で佐藤さんにそう答える。


 「ふふふ……それでは、シアタールームの入り口につきましたので、扉を開きますね……」


 それから、佐藤さんは、重厚なシアタールームの扉を開く……


  つづく……

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