第3話 心残り汽車 2

 「私が生まれたのは、両親が40近い時でした。両親は、お見合い結婚だと聞いています。結婚してから二人で頑張ったそうなのですが、なかなか子供が出来かなかったそうです。それでも、諦めずに頑張って、結婚14年目にして、私が生まれました」

 「それは、本当に頑張られましたね!凄いことだと思います。おっと、お茶をお出しするのを忘れていました」


 佐藤さんが、指をパチン!と鳴らすと空中に紅茶の入ったカップとクッキーなどのお茶菓子が現れる。


 つい、ビクッと反応してしまったが、佐藤さんが急に現れた時に思いっきり驚いたので、なんだか、慣れてしまった。


 「お代わりと言っていただければ、カップにお茶が現れますので、ご自由にお使いください」

 

 カップにお茶が現れる?何だかよくわからないけど、本当に何でもありね……


 私は、目の前に浮いているカップを手に取り、1口頂いてみる。


 「!美味しい!それに、何だか、気分が落ち着きます」

 「お口にあったようで幸いでございます。暖かい飲み物は、神経の昂りを落ち着かせる効果があると言いますからね」

 「へえ!そうなんですか」

 

 今度は、クッキーを一ついただく。


 「うん!ちょうど良い甘さで食べやすいです!」

 「それは、良うございました。紅茶に合わせて天の使いが作ってくれたクッキーです。すごく美味しそうに食べられていましたと後で伝えておきます」


 天の使いとは、そんなこともできるのか……


 「さて、話の腰を折ってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 あ、そうだった。クッキーと紅茶が美味しくて、堪能して忘れてた……


 「はい。それで、両親は、やっと授かった私に本当に良くしてくれました。自分達のことをそっちのけで、私を優先してくれる優しい両親でした。私が結婚して、なかなか子供ができなくて悩んでいた時も、よく励ましてくれました。娘が生まれた時は、両親2人して抱き合って喜んでくれました。本当に2人の娘になることができて幸せでした。心残りがあるとすれば、もっと親孝行をしてあげられなかったことと看取ってあげられなかったことです。あとは、私を大学に出すために、還暦間近だって言うのに、2人とも無理して働いていかせてくれました。そのせいで、腰を壊して、今は、歩くのがやっとな状態です。そんな2人を残していくのが、心残りというか心配でなりません」

 

 両親には、本当に苦労をかけてしまった……ごめんなさい…2人のことを思うと、涙が止まらない…


 「うっ!うううう……」


 佐藤さんは、何も言わず、私が泣き始めても、私が話し始めるまで待っていてくれた。


 「それから、夫に対しては、今まで家事を手伝ってくれなかったことが不満ですね!それが心残りです。いつも帰ってきたらリビングに作業着を脱ぎ散らかして、そのまま娘を連れてお風呂に入ってしまうんです!お風呂に行くなら、脱衣所で脱いで洗濯機に入れて欲しかったです!それに、夕食後は、弱いのにお酒を飲んでリビングで寝てしまうんです!毎日毎日布団まで運ぶ身にもなって欲しかったです!」

 

 先程まで泣いていたはずの私が、夫のことになるとものすごい剣幕で話し始めた私を見て、佐藤さんは、「ふふふ」とニッコリと見つめてくる。


 「食べたものはそのままにするし、でも、娘の面倒だけは、見てくれるんです。たまにだけど、ありがとうと言ってくれる優しいところもあるんです。そんな夫が、私がいなくなってちゃんとやっていけるか心配です」

 「そうですね。大切だからこそ心配が尽きないですよね」


 29まで恋人もいたことないような、変わってるとよく言われる私と付き合って結婚してくれた人。両親以外で初めて、愛おしいと言う気持ちを教えてくれた人。お母さんになりたくても、なかなか子供のできなかった中、最後まで諦めずに付き合って、私をお母さんにしてくれた人。


 「最後にお別れの言葉くらい言いたかった……」


 佐藤さんは、そっと泣き崩れる私に、ハンカチを貸してくれた。


 「ありがとうございます」


 佐藤さんのハンカチを使って、涙を拭う。そのハンカチは、お日様の匂いがして、とても落ち着いた。


 涙を拭うと、気持ちも落ち着き、私は、一人娘への思いを語る。


 「1番の心残りは、娘ですね。これから、どんどん大きくなっていく姿を祝ったり、見守ったり、時には、大きくなった娘に助けられたり、喧嘩したり、でも、仲直りして笑い合ったりしたかったな……娘といろんな時間を共に歩みたかった……来年の誕生日は、家族で一緒に出かけようね!って約束したのに、守れなかった……娘のいろんな姿を見たかった……娘は私と違って素直でいい子だから、どんなカッコイイ相手と結婚するか見たかったな……」

 

 佐藤さんは、私の心残りを何を言わずに聞いてくれる。


 「出来ることなら、もう1度だけ、娘と一緒に料理がしたいな……それで、最後にいっぱい抱きしめて、どれだけ私が娘のことを愛していたか、大好きで大好きでたまらないか、どれだけ離れたくないか……それに、約束守れなかったことを謝りたかった……」

 「はい」


 あーあ、ダメだ……やり残したことがいっぱいだな……


 「茜さん。本来なら、話すことはいけないことなのですが、私が館長を務めます、人生シアターでは、茜さんの人生の振り返りと共に、ご家族のその後の人生が少しだけですが、見て頂けるようになっております」

 「本当ですか?」

 「はい」

 「佐藤さん……本当にありがとう!」

 「いえいえ……本来なら、もう一度だけ会わせてあげられたらよかったのですが、力及ばず、なんでも仰ってくださいと申しましたのに、誠に面目ありません!」

 「そんな!確かにもう1度会えたら、1番ですが、家族のその後が見られるだけでもありがたいです」

 「気を遣っていただき、誠にありがとうございます……では、ここからは、案内人ではなく、館長として、茜様に安心して天国へ逝っていただけるようにサポートさせていただきます!」


 汽車の周りの景色は、夕暮れから、夜の闇へと変わり、汽車は、ライトアップされた古い映画館の前で止まる……

 

 つづく……

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