第2話 心残り汽車 1
皆さま、お久しゅうございます。プロローグ以来でございますね。
え?さっき読んだばかりだ!でございますか?申し訳ありません。私も、長く案内人をやっておりますので、耄碌(もうろく)してきたようです。失礼いたしました。
それでは、お客さまがそろそろいらっしゃいますので、これにて失礼いたします……
私は、小林茜(34)と申します。結婚する5年前までOLをしておりました。今は、友達の紹介で出会った夫と結婚して、3歳の娘を育てながら主婦をしております。
そんな私の日常は、朝起きて、ゴミ出しや朝ごはんに夫と娘のお弁当作り、それが終わって朝食を食べて、夫を見送り、幼稚園のバスが来たら、娘を見送る。その後は、11時からのスーパーのパートに間に合わせるように、掃除や洗濯物を干して、夕食の仕込みをします。パートから戻ってきたら、洗濯物を取り込み、遅めの昼食を食べます。それが終わると、娘がバスで帰ってくるので、迎えに行き、服を着替えさせて、娘と一緒に料理を作ります。夫が帰ってくる前に、お風呂を沸かし、夫を出迎えて、夕飯を食べ、娘をお風呂に入れて、娘と一緒に眠りにつきます。
バタバタの1日です。楽しみは、夜に娘と絵本を読みながら眠りにつくことだけですね。娘が可愛くて仕方ありません。本当に私に似なくて、いい子でよかった思います。
そして、昨日も仲良く娘といっしょに眠りにつきました。久しぶりに娘が夜泣きせず、ぐっすりと眠れました。
ああ、よく眠れた!と気持ちよく目を覚ますと、そこは、いつも見慣れた親子で眠る寝室ではなく、木造作りの汽車?を思わせる建物の中で、私は、パジャマではなく、スウェットのトレーナーにスカート、エプロンを着て、木造の椅子に座っていた。
「あれ?起きたと思ったけど、まだ、夢でも見ているのかしら?」
私の独り言に答える人物がいた。
「夢ではありませんよ?」
「きゃっ!」
私の目の前に、いきなりスーツを着こなしたハット帽を被った男性が現れた。
「おや?これは、失礼しました。急に現れて声をかけたから驚かせてしまいましたね。ご無礼をお詫びします」
スーツの男性には、私を驚かせる気はなかったらしく、丁寧に謝罪してくれた。
「いえいえ!私も急だったとはいえ、驚かしてしまい申し訳ありません!」
しばらく、お互いにぺこぺこ謝り合う。
そういえば、なぜ私は、こんな所にいるんだろう?と疑問に思っていたことを思い出す。
すると、スーツの男性が、「ご説明させていただきます」と私の心を読んだようにタイミングよく話し始める。
心の中が読めるの?!
「読める訳ではありませんが、お客さまのような方をたくさんご案内させていただきましたので、表情などを見ると、なんとなく分かると言った感じでございます。まあ、長年の勘でございますね」
へぇ!それは、凄いな!
「お客さまは素直でいらっしゃいますので、顔に出やすいのでわかりやすいです。今は、凄い!と感心されていますね?」
「え?そんなに顔に出ていましか?」
「はい。それは、もう、かなりお顔に出ておられますね」
何だか、恥ずかしいな……
「あ!それよりも、昨日の夜は、自分の部屋で寝ていたはずなのに、どうして私は、こんな所にいるんですか?それに、パジャマだったのに、どうしてパジャマじゃなく、日中過ごす時の格好になっているんですか?」
私は、昨夜は家族と眠りについた。なのに、見知らぬ所にいる。わたしはこの人に連れ去られたのだろうか?それなら、もっと下手に出ないと命の危険があるんじゃないのだろうか?
「あなたは連れ去られてここにきたわけではございません」
では、なぜ?私はこんな所にいるのだろうか?夢?
「夢でもございません。今から、私の紹介とご説明をさせていただきます。私は、佐藤と申します。亡くなられた方の中で、心残りがある方に、生前に心配事を残さないように安心して天国に逝っていただくために、お話を聞いたりなどのサポートをさせていただいています。なお、人生シアターと呼ばれる映画館の館長もしております」
は?どういうこと?亡くなられた方?天国?
「え?…亡くなられた方ってどういうことですか?まさか…私?」
「はい。信じられないかもしれませんが、あなたはすでに亡くなられております」
そんなはずはない!だってこうして現在も体があるじゃないか!この人が嘘をついているだけだ!
「……ふざけないでください!そんなことある訳ない!今だって椅子に触れる肉体があるのに!」
「この汽車は見た目は物質的なものに見えますが、見た目だけで、霊的な存在しか触ることはできません」
どういうこと?頭が混乱してわからない!それに、さっきから不安で胸がズキズキするし…-
「……家に帰してください!私には、夫が!3歳になったばかりの娘がいるんです!成人するまでは、成長する姿を見届けたいのに!それに、70直近の両親だっているんです!」
よくわからない。でも、ものすごく嫌な予感で胸がズキズキと痛む!どうしても不安な思いが拭えない……つっ!違う!そんなことない!きっと、悪い夢を見ているだけ!早く目を覚まして!
「申し訳ありません……」
「やめて!これは、きっと夢なんだから!謝らないで!」
この人の言葉を聞いては、ダメだと思った。
「酷な事とは、存じますが、現実を受け入れていただくために、心残りをなくして、安心して天国に逝っていただくために、ご説明させていただきます。あなたの願望を叶えてあげることができず、力及ばず、申し訳ありません!」
「あなたは、今年になって、急な胸の動悸やめまいなどに襲われることが多くなりませんでしたか?それは、不整脈の症状です。そして、あなたは、昨夜の睡眠時に、不整脈を起こし、脳出血により静かにお亡くなりになりました」
確かに、今年に入って胸が苦しくなったりしていた。疲れのせいだろうと思って病院にも行かなかった……
「そして、亡くなられたあなたの魂を、この汽車まで送り届けてくれた、光り輝く存在がいませんでしたか?」
……ああ……そうだ……あの時、半分意識はなかったが、自分の体から何かが抜けていくような感覚がしたと思ったら、光って眩しいものが現れたと思ったら「お疲れ様」と私はその光に包み込まれたんだ。
光り輝く存在に包み込まれた時、お母さんのお腹の中にいるような暖かくて守られているような安心感があった。
「その光り輝く存在は、信じられないかもしれませんが、天の使いです。天の使いは、亡くなられた方の魂を天国へ導く存在です。その中で、生前に心残りがある方が、天の使いによって、この汽車に導かれることになっています」
その天の使いは、私を包み込むと「あとは、私たちに任せて。あなたはよく生き抜いたのよ。本当にお疲れ様」と私を何処かへと連れていく。
普段の私だったら、不安から抵抗を試みるが、天の使いからは、自然と私を慈しむ気持ちが伝わってきて、不安はなく、安心して任せようと思えた。
任せようと決めてから、すぐに眠りについてしまう。
しばらくして目を開けると現在のSL風の客室の椅子に腰掛けていた。
思い出すと、自分が家族を残して、既になくなっていることを実感する。
「はい。不思議でしたが、全てを思い出しました」
私の返答を聞いて、佐藤さんはら私に向かって一礼
「それでは、小林茜様を人生シアターに着くまでの間、案内人の私がお相手させていただきます。御希望とあらば、消えることも可能でございます。何なりとおっしゃってください」
「少し、お話に付き合っていただけませんか?」
「承知いたしました」
つづく……
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