第3話
「少年、もっと急げないのかね。あと三十分で依頼人が来てしまう」
「んな無茶な……。だいたい、そんなこと言うんだったら伊吹さんがやってくださいよ」
ごちゃごちゃした部屋を掃除し始めて一時間。いっこうに終わる気配がない。
ツンと顔をそむけた伊吹さんに、僕はため息をつくと、さらに動かす手をはやめた。
午後一時。依頼人は、時間ぴったりにドアをノックした。古びたレンガ造りで3階建ての建物の3階。都会で浮くこの建物は、事務所にとって好都合だった。依頼人が迷いにくいからね。
「失礼します。この度、依頼させていただいた
ドアから顔をのぞかせた男性は、少し偏見になるかもしれないが名前に反して、若そうな人だった。黒縁めがねの下に視線をうつすと、淡い水色のコートの下に黒いセーターと黒いズボン。まさに今の時期にあった服装。
それから、管理人さん、と呼ばれたおじいさん。おとなしそうな人で、花谷さんの優しそうな雰囲気と合っていた。
伊吹さんは彼らを座布団に座らせた。少し戸惑いつつも、二人は座ってくれた。まぁ、探偵事務所に座布団あったら驚くよね。
「依頼内容を確認しようか。えーっと、花谷さんの住んでいる部屋に、夕方頃足音がすると。……失礼かもしれないけど、気のせいではないよね?」
「え、あ、はい。気のせいではないです。だいたい夕方五時頃から子ども、のかな。軽い足音がトタトタ聞こえてきて……」
伊吹さんは、年齢だとかそういうのは気にしていない。誰にだって敬語がないし、ハッキリ言うので最初はみんな戸惑っている。花谷さんも例にもれないようで、少し戸惑った後すぐに切り替えて、言葉をつむいだ。
「私も最初は気のせいだと思ったんですけどねぇ。あんまりの頻度で言ってくるので」
管理人さん――
伊吹さんはそんな彼らをチラッと見た後、少し目を輝かせて立ち上がった。
「じゃあ、行こうか。そこに」
アパートは、都市中心部からは少しはずれたところにあった。なんでも築四十年以上はたっているそうで、壁は薄汚れてヒビが入っている。周りが空き地だからか、なんとなくホラーを連想させた。
でも、それが花谷さんにとっては落ち着くため引っ越したくはないらしい。そんなお騒がせの部屋は、五階建てのアパートの三階にあった。
「今回の依頼内容をもうちょっと詳しくすると、子どもの足音が夕方五時頃に聞こえてくる、ということ。これと同じような苦情が過去にも寄せられていたらしい。前もって調べてみたが、ここ近辺で子どもが死んだという事件や事故などはなかったよ」
伊吹さんは資料を見ながらそんなことを言ってくれた。それを聞いて、だいたい予想がつく。
この手の依頼は、たいてい子どもの幽霊が決まった時刻に現れる。それは、隠蔽された事実を伝えるため、などがほとんどだ。今回の足音も、夕方五時頃に死んでしまった子どもが、それを伝えようとしているのだろう。
部屋に入らせてもらうと、家具など、伊吹さんとは全くの逆できちんと整っていた。小さなキッチンに、畳の部屋。ベッドとちゃぶ台しか置いていない。家具が少ない気もするが、小さなアパートだ。あまり多くおいても窮屈だし。
(畳とかちゃぶ台あるあたり、伊吹さんと似た趣向の人なのかな……)
「すみません、こんな質素な部屋ですが……。かまわず、座ってください」
そんなどうでもいいことを考えていると、花屋さんがお茶を出してくれる。
依頼なのでおかまいなく、と言いたいところだったが伊吹さんが速攻で受け取ったので、僕もいただくことにした。
「ふむ、美味しいね。これは玉露かい? なかなかいいのをだすじゃないか」
「ほう、確かに美味しい。いいですね、これ」
「いえいえ。お茶をたてるのは好きでして……」
なんか田舎のおばあちゃんおじいちゃんたちの会話みたいだなぁ、という妙な安心感と違和感を感じながら僕もお茶を喉に通した。
探偵は、一年以内に死ぬことをご所望です。 ヒペリ @hiperi
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