第2話
僕には幽霊が視える。母さんも、そうだった。
幽霊といっても、血だらけのものだったり、普通の人間となんら変わらない姿をしてたり、たくさんいて。
怖がっていた僕に、母さんはいつも優しく教えてくれた。
「桜。あのね、幽霊は怖いかもしれないけど、そこにあるものって考えてみて。桜は、いつもそこにある物を怖がったりはしないでしょう? それと一緒。どうしても怖かったなら……これをギュッと抱きしめてなさい」
母さんは頭をなでながら、そっと僕の手にマスコットぬいぐるみをにぎらせた。不器用な母さんが僕の誕生日に作ってくれた、白い鳥のマスコット。
今でも、いつも持ち歩いている。
伊吹さんはそれを知ってか、幽霊関係の仕事は僕によく任せてくる。
「……なんでそういうの引き受けるんですかね」
「なんだ、面白そうだとは思わないのかね。それに、いい成績を残せれば給料アップだ」
「本当ですか?」
食いついた直後、ハッと口を閉ざす。伊吹さんはニヤッと笑うと、「じゃあよろしく頼むよ」とまた資料に目を戻した。
つくづく、不思議な人だ。それにいつもつられてしまう僕も、情けない。
そんな不思議な伊吹さんが三日前、言ったことを思い出した。
なくしものの依頼がきたときの、帰り道だった。
(今日の伊吹さんは、変だったな。やけにぼーっとしていたというか、なにか考え込んでいることが多かった)
そんなことを考えていると、ふと前方を歩いていた伊吹さんは足をとめた。
「……伊吹さん?」
「少年。今日、私がおかしいとは思わなかったかい?」
「思いましたよ。なんか、心ここにあらず……みたいな瞬間が多くて」
首をかしげると、ふふと笑ったままとんでもないことを口にした。
「今日の私はね、実は一年後から来た伊吹なんだよ」
「……は?」
「タイムリープ、とでもいうのかな。一年後、私は殺された。もうおわりかと思って目をつぶった後、開けるとそこは探偵事務所だったわけだ。そして、助手がいて、依頼人がいて」
「ちょ、伊吹さん?」
とまどっている僕をおいて、伊吹さんはどんどん話を進めていく。
「夢かと思ったよ。でも、あぁこれは一年前だと思い出してね。本当に現実なのか、考えていてぼーっとしてしまっていたんだ」
「……茶番ですか?」
さすがに、からかわれたかといら立ちをあらわにすると、変わらない声のトーンのまま伊吹さんは首をふった。
「つまりだ。私は、一年後に死んでしまうんだよ。人の手によって。――そんなんだったらね、自分で死ぬ方がましじゃないかい?」
なるほど。伊吹さんの話が本当かどうかは別として、まとめるとこうだ。
彼女は今日、タイムリープして過去に戻ってきた。自分は一年後に殺されてしまう。どうせ殺さてしまい、屈辱を感じるのならば、自分で殺されるより前に死んだ方がましじゃないか。そう考えたわけだ。
なかなか、ぶっとんだ話だ。
「それで? どうするんですか?」
「そうだねぇ。君は、幽霊が視えるよね。話すこともできるのかい?」
「ま、あ。できないこともないですけど……」
「ふむ。ならば、幽霊から死因をきこう。そうすれば、たくさん死に方を聞けるのではないか? ――協力してくれるかい?」
わけがわからなかった。それは、僕の理解力がないわけじゃなくて、全人類この言葉は理解できないだろう。
いきなり、一年後からタイムリープしてきて、その一年後には殺されてしまう。それが嫌だから、先に楽に死にたい。だから、幽霊通していろんな死に方を知って、死のう。
そんなこと言われても、わけがわからないし、死人から死に方を学ぶなんて、あまり心のないことだ。さすがに、それは縁起が悪いし、色々な人にも申し訳ない。
「伊吹さん、それはさすがに……」
「頼んだよ、少年」
伊吹さんはそんな僕の言葉をかき消すように、もう一度笑った。
床に散らばる古いものを片付けながら、チラリと伊吹さんを見る。
「タイムリープ」「死んでしまう」これらの言葉は、本当だったのだろうか。
彼女の言葉は、霧のようにあやふやでいつ消えてしまうかわからない。
それでも、まあ行けるところまではついていってみようと思う。
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