逢魔が時の足音

第1話

 伊吹探偵事務所。


 この街の住人なら、誰でも知っていると言っても過言でない。

 この探偵事務所には、毎週人がやってくる。もちろん、依頼をしに。


「伊吹さん、廊下の掃き掃除おわりました」

「あ、ごくろう」


 そんな探偵事務所の探偵は、伊吹さん。(伊吹は名字なんだろうけど、下の名前は知らない)

 彼女は、容姿端麗、運動神経よし、頭脳明晰の、完ぺき人間。本当にそんな人間がいるのかと思うかもしれないが、いるんだ。ここに。


 銀色の肩より少し高い位置にある、ストレートな髪。そこにちょこんとそえられた、青い和風のリボン。

 青色と灰色が混ざったような、不思議な目。

 身長は僕より低いけど、歳は二十代半ばくらいの、れっきとした大人だ。

 スタイルもいいから、白いブラウスと赤茶色のジャケット、ズボンも彼女にあっている。


 そんな伊吹さんは少し変わっている。いや、かなりかも。


 やけに古い物を好むし、この時代の必需品、スマートフォンでさえも持っていない。そのくせ、「仕事のため」だからと言って文句を言いながらジャケットやブラウスを着ている。


 それから、あまり整理整頓が得意じゃない。どこから見つけてくるのか、古いもの(七十年前の古時計とか、五百年前のお金とか)があちらこちらに散らばっている。寄贈した方がいいんじゃないか、と思うほどだ。

 彼女いわく、「飾ってるんだよ。芸術的にね」らしいが、僕には適当にほっぽってるだけにしか見えない。


 まぁ、伊吹さんはこんな人だ。そんな人と高校生の僕がどうして一緒にいるかって? 助手してるんだ。色々、事情があって。その話はまた今度しよう。


「少年、どうした。ぼーっとつっ立って。あと一時間後には来客がくるのだ。急がないと、間に合わないぞ」

「……そんなこと言ってる伊吹さんこそ、手伝ってくださいよ」


 ソファで優雅にコーヒーを飲んでいる伊吹さんを、半目でにらむと当の伊吹さんはおおげさにため息をついた。


「なにを言う、少年。私とて、暇ではないのだ。資料整理や、調査で忙しいのだよ。それに、君は助手だろう」

「……わかりましたよ」


 伊吹さんに反論しても意味がない。こんな風に無理やり押し付けられ、そのまま流されてしまう。手のかかる年下のおせわをしているようにも見えてくるが、それを本人に言ったらどうなるかわからないのでやめておく。


ふと、三日前のことが頭をかすめる。今目の前にいる伊吹さんは、四日前の伊吹さんではない。そう考えると、不思議な感じだ。


 余計な考えを振り払い、再び片付けに戻り、ごちゃごちゃの物を丁寧に棚にしまっていく。

 床に散らばったもののせいで、独特な雰囲気をつくりだしていたこの部屋だが、片付けてみてもまた違った雰囲気が出てくる。

 古風なものたちがつくりだす世界は、どこか心を安心させてくれる。そんな気がした。 

 ふと、資料とにらめっこしている伊吹さんに気になったことを口にした。


「伊吹さん。今日の依頼、どんなのなんですか? すっごい見てますけど……」

「ん? あぁ、君と相性がいい依頼だよ。よかったね、存分に力を発揮できる」


 その言葉をきき、嫌な予感が頭をかすめる。僕と相性がいい依頼なんて、一つくらいしかない。

 勘違いであってほしい、という願いは次の伊吹さんの言葉で打ち消された。


「――とある幽霊物件に、物音がする。どうか調査してほしい、という依頼だ。――幽霊が視える君にとって、とっておきの依頼だろう?」

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