記録26 シュニィの暴挙

 寝て起きるごとに、腕の筋肉のつき方が明らかに違って見えた。

 太腿も……ちょっと太くなったかな。と言うか、元が不健康にガリガリだったような気すらする。

 セレスティーナになった瞬間から十歳くらい若返ったように身体が軽かったけど、今は、バイタリティが更に段違いだった。

 流石にマイルズやエーヴェルハルトのそれに比べればまだまだ鶏ガラみたいな貧相さだけど、上ばかり見ても仕方がない。

 それに。

 コーチであるマイルズ自体、特大戦斧を軽々振り回す割には細身である。

 あたしの筋肉のつき具合から見ても、ただ筋肉を肥大化させるだけではない。

 膂力りょりょくがしっかり付きつつ、重荷になりすぎない程度の、絶妙なバランス。

 マイルズは、戦士として理想的な身体作りを熟知しているようだ。

 セレスティーナから棚ぼたでもらった美貌なんて、そこまで惜しくはなかったけど……まあ“人類の夜明け”を感じさせるような女ゴリラになるのは、流石にちょっと嫌だった。

 それでも、あたし的には武器を持って戦えればボディビルダーみたいになっても仕方がないとか、漠然と考えていたけど……それすらも考えが浅かった。

 マイルズは、本気であたしを戦力に育て上げる気になったのだろう。

 万事論理的な指導のやり方から、それが伝わってきた。

 

 兵舎の訓練所。

「次!」

 マイルズが矢継ぎ早に繰り出す模擬戦用の棍を、同じく棍を持ったあたしは、ほうほうの体で捌いていた。

「甘い! これが実戦なら命は無い!」

 ヘトヘトになりながら、受け流すので精一杯。

 とても、こちらから一撃を入れられる気がしない。

 武器を持つ五指に力が入らなくなってきて、とうとうあたしの棍は弾かれた。

 普通なら、ここで寸止めして試合終了なのだけど、マイルズは容赦なく突きを振り抜いてきた。

 以前、寸止めを期待して痛い目を見たあたしは、これをギリギリで逃れ、どうにか吹っ飛ばされた棍に飛び付く。

 けれど、しつこく追いすがるマイルズの打撃が、追い討ちで襲ってきた。

 あたしは尻餅をついたような格好で、これを受け止める。

「甘えるな! 私を殺す気で来い!」

 本気で鬼コーチだ。

 それこそ昭和の「厳しけりゃ万事オッケー」とか勘違いしてるタイプのあれだよ。

 そして。

「おい、ちょっと一旦止めろ」

 割り入って来たのは、野良着姿で、泥に汚れたエーヴェルハルトだった。

 彼は基本、あたしたちの訓練にはノータッチだったはずだけど、流石にリンチに見えて止めに来たのかな?

「これを見てくれ。畑の手伝いしてたら、オレのとこに回ってきた」

 ……別件で来ただけかい。

 まあ、いいけどさ。

 結果、助かったし。

 で、エーヴェルハルトが手渡したのは、きちんと装飾された手紙のようなものだった。

 エーヴェルハルトに目線だけで確認すると、しれっと手招きされたので、あたしも横から覗き込む事にした。

 

【この度はわたくし、シュニィの誕生日会を開催致します。

 つきましては、黒薔薇館の庭園にて粗餐を催させて頂きますので、是非ともご参加下さい。

 

 なお、死者復活の場も会場に用意して御座います。

 復活に必要なエーテルも、全量、私どもで負担させて頂きます。

 皆様のご参加を、心よりお待ちしております。

 罪なき鏖殺の体現、シュニィ】

 

 ぇ……これって……。

「シュニィ様は!?」

 あたしは、反射的に訊いていた。

「音信不通だ。まあ、いつもの事だが」

「そんな……」

 シュニィのお誕生日会。

 あのゲームでも開催された殺人パーティにして……シュニィが竜の姿になる為の、罠でもあった。

 まただ。

 また、あのゲームのストーリーが、こちらの出来事に踏襲されている。

 どうして?

 “前回”については、まだわかる。

 レモリアは教化されて、敵側に下ったとは言え生存していた。

 今回、レモリアが亡くなって。

 遺体が帰ってきて、埋葬されて。

 その時の、シュニィの小さな背中が、

 憎しみを押し殺してなお、濁りの無かったみどり色の瞳が思い返された。

「こんなこと、するような、お気楽な風には見えなかったのに」

 あたしだって、友達とか亡くなった後に、自分のお誕生日会を祝おうなんて思えない。

 この世界は日本とは根っこから条理が違うし、シュニィ自体がそもそも既存のモラルに当てはまる存在かと言うと……わからない。

 レモリアとの関係性もついぞわからないまま、彼は死んでしまった。

 けれど、けれど。

「アイツは、ああ見えて色々と考えている」

 エーヴェルハルトが、静かに言った。

「これを“作戦”だと仮定すると、悪くはない。

 恐らくシュニィの奴は、聖女どもが死んで蘇るエーテル作用を利用して、竜になろうとしているのだろう。

 で、自分が竜になってしまったら、それも用済みだ。

 欲をかいて自前のエーテルを無駄遣いしてくれる聖女が出てくれば……ここで一人でも二人でも始末するチャンスにもなる」

 全くもって正解だよ。

 城主の鋭い戦術眼が、今は憎らしい。

「ただでさえ、シュニィってのはオレにすら手に負えない。それが竜の姿を取り戻したなら……誰にも、どうしようも出来まい」

 そう。

 竜として遥かに格上、ヨハネ黙示録の時代から生きる最古の竜が、でしゃばって来ない限りはね。

 それと。

 トリシアと、騎士ジュリエッタ。

 自分たちが聖女になると言う我欲よりも、国を守る事だけを見据えた高潔な……本当の意味で聖女と呼ばれるべき人達。

 その顔が、あたしの脳裏を掠めた。

 …………。

 せめて、助けられないか。

 そんなことを、考えてしまった。

 …………。

 …………、……彼女たちは、敵だ。

 あたしは、このノワール・ブーケの民として生きる事を、もう決めていた。

 それよりも、シュニィをどうする?

 今からでも、警告出来るか?

 ……でも、どこにいる?

 この様子では、エーヴェルハルトすらも把握できていないのだろう。

 あたしが確実にわかる事と言えば。

 誕生日会当日、黒薔薇館には、必ず現れると言うことか。

「マイルズ様、訓練の続きを。休んでいる暇はありません」

「あ、ああ……」

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