記録25 あたしの過去についてを、マイルズに開示

 それをマイルズに話す気になったのは、成り行きとはいえこちらが一方的に彼の過去を暴いてしまっていた贖罪からか。

 あるいは、一度全てをぶつける事で、人間関係の改善を期待したからか。

 あるいは、そんなつまらない“令嬢”どもと一緒にすんなと言う抗議のためか。

 あるいは、この期に及んで、彼に優しさを求めたからか。


 中学のころ、あたしはいじめられていた。

 いや、結局、痕跡の残らないそれを“いじめ”と言えるのかどうか。

 意外に思われるかもしれないが、当時のあたしはバドミントン部と言う、バリバリの運動部所属だった。

 そこで、後に部長となる柿崎と言う女に目をつけられた。

 何というか、ことあるごとに、柿崎の意図を汲み取れないと責められた。

 空気が読めない奴だと言う苛立ちが蓄積していき、どんどん、あたしを見る目が厳しくなっていく悪循環だった。

 何がそんなに余裕がないのか、本当に親でも殺されたかのような剣幕で詰め寄られたこともある。

 たかが、ラケットとシャトルの置き場所を、奴の思いと違う配置にしてしまっただけで。

 なら、口で言えばいいものの、柿崎はまるで、あたしがエスパーである前提で忖度を要求してきた。

 教化のロザリオがあれば、他人は100パーセント手足のように動いてくれると考えているようなものか。

 そして“万一の例外”でロザリオが効かないと、癇癪を起こして暴れる。

 何で? 何で? 何で?

 “何で”の連呼は柿崎の十八番だった。

 柿崎は、あたしを躍起になって“教化”しようとした。

 あたしは別に、それを突っぱねたわけではない。

 ただ、何を選んでも、過去の教訓をどれだけ活かしても、全て不正解と言われ続けたんだ。


 鶴の一声って、本当に強いと思う。

 部活の部長で、学年でも人気者の柿崎が正しい。

 頭を使わずに“正解”だとか“正義”を得られるなら、越したことはない。

 あたしだって、逆の立場だったらそうだろう。

 別に罵詈雑言だとか、殴る蹴るの暴力だとか、物を隠されるだとか、無視だとか、そんな事は無かった。

 何だろう。

 あたしの言動だけが全て、やんわりと、もっともらしく全否定される。

 本当に、これだけを見れば、未だに「被害妄想なんじゃない?」とあたし自身が言いたくなるほどに、“正論”を盾にして自然に差し挟まれるそれ。

 部内で、やがては学校内であたしが起こす行動全てが“悪”とされる。

 ーーあの子、やる事なす事全部“違う”んだよね、なんか。

 部活の連絡係になった時、真っ当に伝達すれば「通り一辺倒で不親切」とダメ出し。

 それを反省してあたしなりに考えて改善してみれば「要領を得ない。部内で決まったルールがあるのに、勝手な文法を作らないで」とダメ出し。

 何だろう。

 部外でも、あたしからしたら接点の薄い同級生が、廊下ですれ違いざま、これ見よがしに不快そうに地団駄踏んできたり? 

 後から知ったけど、やっぱり柿崎のお友達だったね。

 お互いがお互いの事を、それこそモブキャラとしか思っていなかった関係性なのに、まるで「あなたの悪いとこ、全部知り尽くしてんだよ」と言わんばかりの“義憤”ぶりだよね。

 まあ。

 この辺のチマチマした事例をこれ以上並べてもつまらないだろうから、一番派手なのを、いくつか単刀直入に行ってみよう。

 

 ある日、あたしは事情があって部活に遅刻した。

 その日の終わり、前田と言う部員の外履き靴が切り裂かれると言う事件がした。

 その日、“アリバイ”が無かったのは……あたしだけだ。

 そもそも前提が「第三者による犯行」で固定された状況なのだから、あたしが職員室に軟禁される事になったのは自然な流れだろう。

 部活はとうに終わり、18時、19時、20時……。

 ーー黙っていても、無かった事にはならんぞ。

 ーー出来心だったにしても、やった事は、ちゃんと認めないと。

 こんな遅い時間まで(仕事ついでだけど)わざわざ付き合ってくれた教諭二名が、あたしをひたすら説得にかかる。

 こんな時間まで家をあけた事はない。

 学校からは、あくまでも容疑を伏せた上での簡易的な連絡のみ。

 時間が過ぎるごとに、あたしの中で焦燥がつのっていった。

 家では、何て思われてるのだろう?

 21時、22時。

 ーー本当の事を話してすっきりした方が、気持ちが楽になるよ?

 ーーいじめは、許されない事だ。

 ーー一刻も早く償うのが、君と相手と、皆のためだよ。

「あたしが、前田さんの靴を切りました……」

 人間ってすごいよね。

 明らかに、間違ってもやりようの無い事でも、これだけ長時間軟禁されてると、勝手に「自分がうっかりやってしまったかも?」と言う架空のビジョンを作ってしまうの。

 ーーほら、やっぱり君がやったんだ。

 痴漢冤罪とか、こうやって生み出されるんだって、身をもって知ったよ。

 

 あたしの両親は、前田の家に謝罪しにいった。

 お母さんはともかく……この日からセレスティーナに転生した現在に至るまで、あたしと父親の関係は未来永劫、ぶっ壊れた。

 ーーどうしてそんな事をした?

 ーー他人を傷つけるなと、人並みに教えてきたはずだ。

 あたしが“自白”した格好なので、流れとしては自然なのかもしれない。

 けれど。

 ハナから、父親はそう言ったんだ。

 何かの間違いだろう? と言う一言もなく。

 父はあたしを信じず、それを目の当たりにしたあたしは、父の全てを信じられなくなった。

 父親は多分、あたしを育てることを失敗したと思っている。

 学力とか立ち振舞いだとかならいざ知らず、

 同級生の靴を切り裂く、卑劣な娘。

 失敗作。

 あたしだって、逆の立場だったら……そう思わずにいられる自信はない。

 だって、本人が“自白”してるんだもん。

 

 前田は一週間の“不登校”のあと、学校に復帰。

 この女は、わかりやすいほどに“柿崎全肯定マシーン”で、言わば取り巻きみたいなものだった。

 で、靴切り裂き事件から吹っ切れたように元気になった彼女は、何の事かは知らないけど、こう言った。

「真実のためなら、時には多少の冤罪も必要な時があるよね?」

 たぶん、本気でそう思っている。

 そう考えると身の危険さえ覚えた。

 

 そしてそれは、後に現実となった。

 8月に入ったばかりの、猛暑の日。

 部活の練習試合で、そろそろあたしの試合が回ってくる頃合いだった。

 水筒からお茶を飲もうとした、まさにその瞬間、

「何飲んでんだよ、緊張感とかねーのかよ」

 タイミングを合わせたようにヒソヒソと、誰かに言われた。

 目。

 目。

 目。

 視線。

 善良な人々の、沢山の視線。

 結局、水分補給をしないまま、自分の試合に出た。

 バドミントンって、狭いコートの中ではあるけど、その分忙しく、絶え間なく動かなければならない。

 短期的にすごく負荷のかかる競技だ。

 その試合は、何事もなく終わった。

 当然、負けたよ。

 それで、試合後に、今度こそ水分を摂ろうとして、

 チッと言う舌打ちが複数。

「まーた飲もうとしてる」

 誰の声かも判然としない。

 あたしの側にシャトルが飛んできたのも、きっと偶然なのかな。

 一滴も水分を摂れないまま、次の試合。

 結論。

 あたしは、熱中症で倒れて、病院へ搬送された。

 

 ーー自己管理の問題だよね。

 ーー昭和や平成初期じゃないんだから、水分補給は常識でしょ。

 ーーやっぱあの子、おかしいんだよ。

 

 多分。

 こいつらは、本気で“正義”のために戦っている。

 手当たり次第、あたしの“非”を探して、見つからなければ

 あたしが悪だと言う“果”がまずあって、前田の靴切り裂きとかの“因”は、それを支持する為に後からついてくる。

 だから、たったワンセンテンスの中ですら言ってる事が矛盾していて、しかもその事に気づいてすらいない。

 相手の手札が全部ジョーカーの、ポーカーをしてるみたい。

 あたし以外の奴ら全員、言ったら言いっぱなし。

 奴らの言ったことに綻びがあれば、それもすごい理屈であたしに転嫁。

 例えば、前田の件をあたしが先回りして知れたとして、カメラを仕掛けて証拠を抑えたとする。

 ーー何でカメラなんて仕掛けてんの? おかしくない?

 あたしを陥れようとした証拠をどれだけ突き付けたって、これで黙殺されるのだろう。

 証拠! これ証拠だよ! って声を、もっと大勢の大声で無条件に揉み消されちゃう。

 ともすれば、靴切り裂き事件であたしの家庭が崩壊する事さえも織り込み済みだったのかもしれない。

 結果、壊れたのは父親とのそれだけだったにしても。

 多分それは、笑い者にするとか、怒りを晴らすためではない。

 あたしの家庭を意図的に壊したことは、奴らの正義にとって必要なプロセスだったからだ。

 すごいね。

 好悪の感情はさておいて、他人にそこまで執着できる感覚が、あたしには一生理解できそうにない。

 普通、どこかで疲れて、手を休めるはずだよ。

 それのストッパーが無いって、脳ミソのどこかが欠損してるよ。

 

 これ以上、あの学校にいたら本当にいつか殺される。

 あたしは不登校となり、けれど必死こいて勉強して、あたしを知る同級生のいない県外の高校に進学した。

 そこでの三年間、空気に徹した。

 それはそれで、周囲に馴染めないはみ出しものにちょっかいを掛ける奴らもいたけれど……無自覚な人殺しどもより、よほどマシだった。

 

 いるんだってさ。

 柿崎や前田みたいな“心の病”を持ったヒトって。

 どうして他人が、万事自分の思った通りに動かないのか、本気でわかんないのが。

 その帳尻が合わない理由を自分だと疑う機能が欠落していて、ひたすら相手を追い込む事しかできない。

 泣けばママがおっぱいくれて、さもないと飢え死んじゃうから必死で泣いて、察してもらわなきゃいけない。

 その、赤ん坊のまま心が止まって、脳ミソだけが順当に発達しちゃった凸凹さんが。

 他人に忖度を求めて、そのくせ、自分からは何も与えなくていいという特権意識……は、おろか、奪う権利すらナチュラルに疑わない先天性自己中が。

 だったら死ねよ。

 あたしだって、他人の生まれつきの特質だとかをけなしたくは無いよ。

 誓って言うけど、心が痛いんだよ。

 けれど、あたし、それで死にそうになったんだよ。

 父親との、壊れる必要性全くなかった関係を、壊されたんだよ。

 理性ではわかるよ。

 どんな理由があっても、差別はよくない。

 けれど。

 あたしの身体が、言う。

 そんな精神異常者、全部間引いて殺してしまえ。

 あたしら“まともな側”に危害を加えるな。

 あんたらの見当違いな“普通”のために、こちらの大切なものを奪っていくな。

 お前ら全員、あらかじめ殺しておかないと、あたしが安心して暮らす権利はないのか?

 レアケースだった?

 過剰反応だ?

 そんなこと、理性ではわかってるんだよ。

 あたしも、マイルズも。


 

 ……てことを、異世界の細かい文明の違いのとことかを噛み砕いて、彼の立場でもすんなり理解できるように、気を付けて説明した。

 全てを聞き終えたマイルズは、

「……分かりました。念頭に入れて置きます」

 そっけなく、それだけを言った。

 それで訓練の基礎メニューが緩和されたわけではなく、実技訓練の方は、むしろ激しさを増すほどだった。

(あっ、報告が前後するけど、あたしが使う武器は晴れて決まりました)

 それでいい。

 こんな甘ったれたカミングアウトを一方的にしておいてなんだけど、指導の手が緩むようなら怒っていた所だ。

 身につけた力は裏切らない事を、あたしは嫌というほど思い知っている。

 どこの世界にいても、あたしを守ってくれるのは、あたし自身の地力だけだ。

 

 それ以降、マイルズのよこしてくるトレーニングメニューの要所要所に、

「くれぐれも水分補給は欠かさない事!」

 と厳しく書かれるようになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る