記録24 マイルズの過去について

 マイルズの事情。

 実は、あたしには心当たりがあった。

 売り言葉で「知らないし、知るつもりもない」と、あの時は啖呵を切ってしまったのだけど。

 どうやって知ったかと言うと、これまた最低な話なのだけど……ゲームでのネタバレをネットで見てしまったからだ。

 

 マイルズは、元々ショーメア教国の人間だった。

 代々、神殿騎士の将軍を数多く輩出した武門の名家であり、彼自身も幼くして(あたしらの感覚で言えば小学校高学年くらいから)将来を嘱望された超エリートだった。

 そりゃそうだ。

 何やらせても金メダリスト級なんて頭のおかしい人材、家柄の良し悪しが無くても次代将軍まっしぐらの人生だろう。

 むしろ。

 彼の場合、家柄が良かった事が災いしたとすら言えた。

 あの教国で、聖女だのなんだのと言うものがあったのは、今回の戦いが初めてではない。

 例えば、現在の状況が「ノワール・ブーケとの戦争」であるから、聖女はフィクションによくある“勇者”と言う名のアサシンを担っている。

 その時代その時代の、教国にとっての重要テーマの鍵を握るのが“聖女”だった。

 それはやはり、今回のような戦士だったのかも知れないし、戦の無い時代なら政治的な象徴イコンを求められたのかも知れない。

 ただ、いつの時代の聖女にも共通点がある。

 候補者を数名の中から、教国の厳正な審査によって認定されると言うことだ。

 聖女に選ばれると言う事は、あの国では最高の栄誉である。

 候補者となり、それが現実味を帯びてきた時、やっぱり欲ってものが出てくる事だろう。

 いつの時代も、自分が伸びようとせず、他人を踏み潰す事で相対的にのしあがろうとする“悪い奴”と言うのがいたものだった。

 それこそ、女の世界をファンタジー物語にぶっ込んだような。

 最近、ネットでも流行りの悪役令嬢がどうのこうのとか、ああ言うの。

 とある枢機卿すうきけい令嬢が、聖女候補者として選ばれた。

 そして、平民出の別の候補者に、あれやこれや汚い妨害工作を仕掛けた挙げ句、その全てが白日のもとに晒されて逆襲を喰らった。

 最終的に、その平民の娘が聖女として認定された。

 悪業がバレた枢機卿令嬢は、次代の聖女を陥れようとし、聖女の選定を汚した大罪人として島流しとなった。

 枢機卿でも容赦されないって、どんだけだよと思うけど、教国にとっての聖女とはそれほどまでに重い存在なのだろう。

 絵に描いたような“悪役令嬢、没落劇”である。

 

 その枢機卿令嬢は、

 マイルズにとっては遠縁の親戚だった。

 

 幼い頃のある日突然、未来を絶たれた少年は何を思っただろう。

 ましてそれが、自分とはほとんど関係の無い所で行われた、下らない争いが原因だと知った時には。

 マイルズは家を捨て、教国を出た。

 その後を、レモリアがついてきた。彼の方は別段、国を出る理由なんて無かったけれど。

 彼なりに、在るがままに決めた結果が、マイルズについていく事だったのだろう。

 けれどそれは。

 マイルズ少年にとって、どれだけの救いだっただろうか。

 そして、ある月夜。二人仲良く、ノワール長城の中途半端な所で野垂れ死ぬ直前。

 幼い彼らは、よりにもよって闇の君……常夜の城主、エーヴェルハルトその人に発見された。

 はじめ、マイルズは彼に言った。

 城主に会わせてください。私を兵士にしてください。

 対するエーヴェルハルトは言った。

 余を下郎と見間違えるとは、面白い小僧である。

 早い話、「気に入った! ウチに来い!」と言う展開になったわけだ。

 一度は不条理の中に死んだマイルズの才能は、ノワール・ブーケで着々と頭角を現して行った。

 教国でどのような立場にあったのか、何があって亡命したのか。

 そんな事は、ついぞ一度も訊かれなかったと言う。

 ただ、これだけを言われた。

 ーー私には貴公のような懐刀が必要だ。

 ーー餓死寸前の駿馬しゅんめのような腹心が。

 

 この経緯から、マイルズは女を嫌いになった。

 特に、身分の高い女と言うものが。

 ここで言う高い身分とは、先天的・後天的も関係ない。

 例えば、平民から中途で聖女になったような女も“身分が高い”のだ。

 彼が巻き込まれた騒動の“被害者”とされる平民出の聖女とて、無抵抗だったとは考えにくい。

 もちろん、頭から、あらゆる女・あらゆる令嬢を一緒くたにするほど、彼は無知でも狭量でもない。

 それでも、心にではなく、身体に刻み込まれているのだ。

 令嬢は、いつ、また、自分の世界を破壊するかわからないと言う方程式が。

 今の彼にとっての“世界”が何なのかは、ここで言うまでも無いだろう。

 つまるところ、あたしがハナから敵視されていたのは、この過去があるからだと思う。

 いや、恐らくはあたしが入る前のセレスティーナからして、そうだったのだろう。

 令嬢によって一度破滅したから、全ての令嬢を拒絶する。

 それが主君エーヴェルハルトに馴れ馴れしく近付き、今や遠見の能力をアテにされてか、幹部の会議にまで同席している。

 マイルズの胸中に渦巻く怒り、不安、恐怖は、どれ程のものだろう。

 下らない拘りだと、思うだろうか?

 あたしは、

 そうは思えない。

 なーんだ、そんな事で悩むこと無いよ!

 そんな事が二回も三回も続くわけ無いじゃん。現実的に考えてみなよ!

 その言葉こそが、過去に怯える人間を殺す、一番の言葉である事を知ってほしい。

 

 次は、あたし自身の事をちょっと話そうと思う。

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