記録23 レモリアについて、マイルズについて
レモリアの遺体が、棺に入れられ帰ってきた。
あたしも含め、皆、何も言えなかった。
彼は綺麗に復元されていて、まるで眠っているように穏やかな顔をしていた。
けれど、血流の止まった肌は蒼白で、唇にももう色が無かった。
触れると氷のように冷たくて、おじいちゃんが亡くなった時もこうだったのを、今更思い出した。
この男は。
どうして、あそこで死を選んだのだろう。
在るがままに生きるしかない。そう言ってたじゃないか。
彼の考えでは、教化される事でさえも自然の一部だったはず。
言ってる事と、やってる事、ちぐはぐだよ。
最後の最後で。
棺は閉ざされ、静かに埋葬された。
そして、あたし達の見えないところで、その綺麗な顔は、見る影もなくグズグズに腐って、骨になって。
領地に還っていくんだ。
あたしの前に、喪服姿のシュニィの小さな背中があった。
この時ばかりは、いつもの幼子じみた態度は鳴りを潜めていて、
「シュニィ様? 大丈夫ですかーー」
ーー目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだと思い知った。
彼の顔にはどんな表情も浮かんでいなかったのに。
その
あたしを殺そうとしているのかと思った。
彼の実年齢がいくつなのかは、知らない。
古竜の末裔とは言っても、別に年の取り方は特別でも無いらしい。
ただ。
あたしは、初めてシュニィへの三人称で、“この子”と呼べなかった。
その殺気はすぐに胸中へと押し込まれた。
もう、あたし的には見なかった事には出来そうにないけど。
繕うためだろうか、シュニィはあたしの手を取って繋いだ。
とても冷たい指先だった。
故人との数少ない思い出を、手繰り寄せる。
ーーけれど、穏やかな気分だよ。
綺麗なモルフォ蝶に囲まれて“前回”教化された彼は言っていた。
まず浮かんだのがテレビゲームのワンシーンと言うのが情けない。
けれど、手がかりが他に無い。
ーー君のお陰で、人間らしく死ねそうだよ。
そんな言葉、遺すかな。普通。
まるで、あたしのせいで、あの決断をしたみたいじゃない。
あたしが余計な事しなきゃ、あんた、生き続けてくれてたの?
そもそも、あたしがセレスティーナなんかにならなければ?
ただ、わかる事は。
教化された彼は、モルフォ蝶しか出していなかったと言う事だけだ。
聖女とやらの前で、蝿を出す事は一度として無かったんだ。
マイルズが、それなりに厚みのある紙束をよこしてきた。
「基礎トレーニングのメニューです」
パラパラ斜め読んでみる。
ああ、ほんとに鬼だな。
明らかに、過労死させにかかってるよ。
けれど、回復魔法があるこの世界だからこそ可能な負荷なのはわかる。
あたし達には、それほど時間もない。
この基礎メニューで音をあげるようなら、それ見たことかと見限る気満々なのだろう。
別に、彼からすれば、あたしなんて今から鍛えたって見どころもない。戦力として、必須の存在ではない。
「まず、今週中には武器の選定をして下さい。さもなくば、実技訓練に進めない」
そう。
あたしが武術を身に付けるにしても、せいぜい一種の武器+αを覚えるのが精一杯だろう。
ていうか、普通はそんなもんだ。
マイルズの“設定”がおかしすぎるだけで。
現存する、あらゆる武器・流派を使いこなす戦士。
その“果”が先にあり、この
その結果生まれた、マイルズと言う男を平たく表現するなら。
オリンピックで、
マラソン、水泳、サッカー、テニス、バスケ、ボクシング、フィギュアスケート、ホッケー、バレー、体操、レスリング、柔道、バドミントン、クレー射撃、アーチェリー、カヌー、etcetc...
どれに出ろと言われても、金メダルを獲りに行けるようなものだ。
そんなもの、休まず鍛えたからと言って成し遂げられるものでもない。
まず、使う筋肉が違う。
先のオリンピックの例で言えば、同じ走る競技でも、短距離走選手と長距離走選手では相克関係にあり、両立は至難だ。
ある武器に最適化した筋肉が、別のある武器を振るうのに
鞭を使うにあたって培った感性が、斧を振るうのに邪魔になる事もあるだろう。
マイルズは、その条理から外れた存在だ。
あらゆる武器を極めたと言う、安直な“設定”が実体を得た結果。
あまりに馬鹿げているけれど、あたしの視点から見ると、また違った価値を帯びてくる。
彼からは、何でも教わる事が出来ると言うことだ。
別に、マイルズの教えを極め、彼に追い付いたり追い越す必要はない。
ただ一人を、ブチ殺せればいいだけ。
あたしが無自覚に生み出してしまった、あの殺人マシーンだけを。
早速、魔法の指輪に最初歩の回復魔法“哀れみの治癒”をセットしてもらい、地獄の筋トレをしながら武器を選ぶ事にした。
そして。
あたしとマイルズが、レモリアの話をする事はついぞ無かった。
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