第31話 陳腐な障壁

 教化のロザリオとは、半ばエーヴェルハルトの為に作り出された物だった。

 不死者である彼は、例え胴体を両断されようとも死ぬ事は無い。

 頭を潰されようと、心臓に杭を打たれようと、日光に曝されようと。

 この世からその驚異を取り除くには、教化するほか手立てが無かった。

 事実、カレンが両断したエーヴェルハルトの上下は、双方の断面から肉芽にくがが伸びて、再生を始めていた。

「行け……マイルズ……」

 教化は既に始動した。

 マイルズが最速でカレンを屠ったとしても、もう間に合わない。

「手は、既に、打ってある」

 徐々に“改心”は進み、今ある意識が曖昧模糊あいまいもこになって来ている事だろう。

「彼女を、セレスティーナを、お前が護れ……」

「閣下……」

「頼む……!」

 それは、君臨し、支配するのが当然だった男が初めて口にした“願い”だったのかも知れない。

 マイルズは。

 振り切るように背向けると、君命に従って走り去ってゆく。

 城内の奥へと。

 彼女は既に、マイルズの目指している場所を知っている。

 慌てる必要は無かった。

「哀れな事だ」

 闇の君が、そんな事を言う。

「貴公が真実に辿り着く事は、決して無い。その事自体を、認識する事さえ出来ない」

 敵のトップとは言え、彼女にとっては恋愛対象外で、どうでも良い存在だったからよく覚えていなかったけれど。

 “前回”始末した時、エーヴェルハルトってこんな事言っていたっけ?

 まあ、そもそもマイルズとエーヴェルハルトを同時に相手取るルートを選んだのは初めてだったし、発言内容にズレがあってもおかしくはないか。

 彼女は、相手の言葉を聞き流す事にした。

「ああ、だからこそ、貴公は美しい。

 次に教国で逢える事を心待ちにしよう」

 と、こんな具合に、即落ち2コマ。ちゃんと考えを改めてくれたらしい。

 エーヴェルハルトは美しい白金色の光華となって、一度その姿を消した。

 

 すぐにでもマイルズを追いたい所だったが、壊された武器を直さねばならない。

 エーヴェルハルトは、自分が負けたと仮定した時、足留めとなる所まで計算に入れていたのかも知れなかった。

 闇の君が、そうまでして躍起になって護ろうとする公女セレスティーナとは何者なのか。

 とにかく、パワースポットを経由して、一度帰還する事にした。


 

  

 ある意味で教国も懐が深いと言うか、律儀過ぎるというか。

 数日前まで敵国の総大将だった男に、あろう事か自治権を与えた。

 いかな大貴族とは言え、地球であれば暴動すら起きかねない暴挙だ。

 それだけ“教化”の絶対的な効果に自信があるのかも知れないが……三國志や織田信長の国取りシミュレーションゲームでもあるまいに、狂った世界だと彼女は思った。

 なお、このエーヴェルハルトの再スタートが、彼との恋愛フラグではあるので、ゲーム的にも外せなかったのだろう。

 むしろ、エーヴェルハルト絡みのイベントを進めるとすれば、ここからの国作りこそが本番だった。

 あの美王者の妃になりたがる乙女もまた、世の中にはごまんと居るのだから。

 また、ああ言ったタイプに惚れ込む乙女としても、下郎に落ちぶれた彼の姿など見たくは無いだろうし。

 ソル・デ、レモリア、シュニィら三者も、主従関係こそ変わったものの、再びエーヴェルハルトに見える日が来た事をそれぞれに喜んでいた。

 これで、この場に足りない人は、ただ一人となった。

 しかし、その前に。

 あの決戦の日、まだ敵だったエーヴェルハルトがマイルズに命じた事だ。

 光の闇の公女、セレスティーナに封印されていた真の力を解き放った。その彼女と共に教国を討て。

「その様に仕向けた余が忠告するのも可笑しな話ではあるが……封印を解かれたセレスティーナの力は強大だ。

 彼女一人でも、この国を滅ぼし得る」

 本当に、白々しい物言いにしか聞こえないが、これも運命の流れであるから仕方がない。

 今のエーヴェルハルトには、本当に悪気が無いのだ。

 セレスティーナは、今は亡き、エーヴェルハルトの配下にして盟友だった“日蝕公、メルヒオール”の忘れ形見であった。

 太陽の不死者とされる父と、月の半神の母から受け継ぎ併さった“最強の力”を秘めている。

 無論、ノワール・ブーケの食客でしかなく、エーヴェルハルトの配下ではない。

 身寄りがなく、父の旧友を頼ってきたに過ぎなかった。

 そんな日々で、どのような関係性を築いたのかはエーヴェルハルトも語らないが……恩返しであろうか、教国を討てと言う城主の命を果たさんとしているようだ。

 いずれにせよ。

 ーー邪魔な女。

 彼女は、心の中だけで毒づいた。

 セレスティーナが居る限り、マイルズが彼女に振り向く事はない。

 

 “前回”マイルズと添い遂げられなかった理由について。

 彼女はその一部を掴んではいた。

 普通にやっていては、マイルズには“教化”が効かないのだ。

 何故か?

 仲間への想い。主君への想い。

 主君に託されたセレスティーナへの想い。

 不屈の精神。

 そんな、陳腐な“設定”が、不死者王エーヴェルハルトすら容易に改心させた“教化”をはね除けてしまうのだ。

 だから。

 まずはセレスティーナを殺すしかない。

 最後に残された拠り所を奪い、“不屈の精神”とやらを支える柱全てを折った時。

 初めて彼女とマイルズはスタートラインに立てるのだろう。

 

 いつもの庭園の片隅。

 ソル・デ、レモリア、シュニィ、エーヴェルハルト。

 あるいは、庭師アンドリュー、姿見の小姓。

 教国を勝利させた今、彼らと思う様、ここで過ごす事も許される。

 だが。

 あくまでも、彼女が求めるのは唯一人。

 カレンは、立ち止まる事をしなかった。

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