第30話 ノワール城、スペシャルタッグマッチ

 身勝手にも、自分だけ優美な宝剣を抜き放ったエーヴェルハルト。

 その、刀身と鞘の擦過する音が開戦の合図となった。

 カレンが、召喚したレモリアからゆっくりと離れる。

 対するエーヴェルハルトもそれに倣い、また、視線だけでマイルズに命じた。

 それを的確に受け止めたマイルズは、レモリアを見据えて間合いを測り出した。

 カレンとエーヴェルハルト、レモリアとマイルズ。

 この場には、一対一の構図が二面となった。

 

 カレンが大回りにエーヴェルハルトの周囲を走る。

 右手を下に向け、透明な真水を放水。それはたちまち凝り固まるように手先で固定され、真っ白な刃と化した。

 ジョアン流聖闘技の初歩にして基本、水剣である。

 

 魔術師レモリアと、格闘術のマイルズ。

 互いに有利な間合いの陣取り合戦となる事は火を見るより明らかだった。

 愚直にも突進してくるマイルズに対し、レモリアは冷淡な所作で手を翳した。

 マイルズが近距離まで詰めてきたタイミング、レモリアの燐光聖杯が両者の間で弾けた。

 互いに水圧に打たれて後退する。

 二人とも、蒼く輝く毒をまともに浴びてしまった。

 その一瞬で、レモリアもまた手中に水の剣を生み出した。

 燐光毒と同じ輝きを含んだ、月光の剣を。

 

 カレンの周囲を衛星のように巡っていた氷剣の陣が、エーヴェルハルトへ殺到する。

 五方向から襲い来るそれを、闇の君は人外じみた剣速で全て切り払った。

 氷の粒が煌めく中、カレンが間合いに踏み込んでいた。

 剣を振り抜いた直後の僅かな隙を縫って、水剣を逆袈裟に切り上げ。エーヴェルハルトの胸を掠めた。

 皮膚が破れ、一瞬遅れて溢れ出した血は、赤色だった。

 エーヴェルハルトは、欠片の痛痒も無い様子で自分の血を手に取る。

 それは独りでに増幅し、主が投げつけるような仕草を取ると、打ち水のように飛翔し、カレンを襲った。

 これもまた、水圧カッターの一種だ。カレンは細身を翻してこれを躱そうとするが、二の腕を掠めて裂かれた。

 エーヴェルハルトの美貌に、涼しげな微笑が浮かんだ。

「貴公、我が聖体拝領を受けた事を栄誉に思うが良い」

 エーヴェルハルト流聖水魔術。傷を負う必要はあるものの、血液を媒体として様々な“呪い”を浴びせる彼だけの聖水魔術だった。

 カレンは試しに賢者の石に触れてみる。

【賢者の石:9/9】

 反応がない。

 賢者の石が、カレンの負傷を認識していないのだ。

 エーヴェルハルトの呪血によって負った傷は、“朱き蝕み”と呼ばれる作用を伴い、神の回復祈祷をもってしても治す事が出来なかった。

「聖体拝領とは不遜な物言いですわね。傲慢こそが身を滅ぼす事を、その玉体ぎょくたいに教え込んで差し上げましょう」

 

 レモリアが殺人モルフォ蝶の大群を召喚した。

「らしくないな、レモリア」

 ここに至って、マイルズは初めて友に声を掛けた。

 旋回し、マイルズの背後に回った蝶の奔流と挟み込むように、レモリアが踏み込んだ。

 魔術師の細腕にしては存外鋭く、はやい太刀筋は、燐光毒に蝕まれて死に行く身体の底力なのだろうか。

 それでも、マイルズその人には、あと一歩足りず。

 マイルズは薄肉を切られた程度で跳び退き、バック転。高らかに宙返りをしてモルフォ蝶の群れを撒くと、壁に備え付けられていたトーチを取り外した。

 単なる照明器具であるから、エーヴェルハルトの王権によっても“武器”とは見なされず。

 しかし魔性の術式を燃料とする焔は、にわかに膨張し、放射。マイルズに殺到したモルフォ蝶をことごとく焼き払った。

 黒地に蒼色の破片と、火の粉が舞い散る。

「城内にて無礼な振る舞い、御許しを。閣下」

「戦術的にやむを得なかったと認める」 

 

 意外とウェットのきいたジョークを交わし合う主従を目の当たりにし、彼女もまた胸がときめきそうになるが、集中を乱せば死ぬので自重した。

 エーヴェルハルトとの剣戟は、まるで、お互いに示し合わせた舞いのようだった。

 エーヴェルハルトの方は超人的な反射神経と身体能力で、カレンの方は……“前回”散々思い知らされて、彼の攻撃パターンが脊髄にまで染み込んでいた。

「不思議な物だ。剣を交わして見ると、貴公とは初めて会った気がしない」

 ーーでしょうね。

 彼女もまた、一週目では悪名高き“エーヴェルハルトのハマりポイント”に辛酸を舐めさせられた一人だった。

 あの時に選んだ素性は、令嬢の取り巻きだった。

 順当に技量寄りの近接ビルドとして育成し……エーヴェルハルトの御前で、それまでの努力を全否定された。

 軽く見積もって50回は殺されただろうか。

 彼女がエーヴェルハルトを嫌うのは、その時のトラウマもあるのかも知れなかった。

 そして今。

 カレンは全身余さず、血で真っ赤に染まっていた。

 自分のものと、エーヴェルハルトのもので。

 これもまた、死に瀕した、命の輝きなのだろうか。

 今にも倒れてしまいそうな流血の中、カレンは紙一重でエーヴェルハルトの太刀筋を、聖水魔術をくぐり抜けながら。

 ずっと空いていた左腕を振るった。

 もう一筋、水柱が放出された。

 それは、紅玉のように紅く透き通った色をしていた。

 カレンの身体を巡る、エーヴェルハルトの朱き蝕み。

 それを糧に生み出されたのは、蒼き月光の剣(赤色)だった。

 

 もはやツヴァイハンダーより長大になったレモリアの月光剣にも臆す事なく、マイルズは迅雷の踏み込みで飛び込む。

 飽和したエネルギーが光波となってマイルズを襲ったが、これも信じがたい敏捷性で回避。

 レモリアとて、油断したわけではない。

 ただ、奥の手の光波を当てにしてしまった、僅かな思考の偏りが、コンマ秒以下の隙を作ってしまった。

 とうとう、マイルズが懐に踏み込んできた。

 燐光毒が、相当回ってきているのは両者同じなのだが……不屈の精神力がお互いに等しい以上、純粋なフィジカルの強さが明暗を分けた。

 マイルズが、素早いワンツーを繰り出す。レモリアはこれをスマートに躱す。

 首を刈らんとする回し蹴り。これも伏せるように躱して、

 レモリアの足が、僅かに縺れた。

 マイルズが、威嚇する熊のようにレモリアへ突進、がっちりと掴んだ。

「子供の頃、取っ組み合いの喧嘩をしていた」

「覚えているさ」

 関節を極め、剣呑な月光剣の伸びる腕を折った。

 水の大剣は、持ち主の骨に呼応するように砕け、輝く小雨となって消えた。

 お互い、光る水滴に濡れながら、再度向き合う。

 一瞥のみ。

 友の顔を目に焼き付けてから、マイルズはレモリアにバックドロップを仕掛け、頭から床に叩きつけた。

 首の折れたレモリアは、それ以上動く事は無かった。

 元より、カレンからのエーテル供給が限界を迎えていた。

 レモリアの亡骸はエーテルに昇華され、教国へと送還された。

 

 あと一太刀。

 その一太刀が、死に体のカレンに当たらない。

 そして、エーヴェルハルトの聖体拝領による恩恵で最大にまで強まった赤の月光剣が振り抜かれた。

 直接の斬撃こそ寸前で躱したが。

 それは、

 光波を躱し切れなかった事も意味した。

 紅月の光が、無情にエーヴェルハルトの胴体を分断。

 不死者王の上下は、鏡のように磨き抜かれた床面へ投げ出された。

「閣下ッ!」

 レモリアを始末した直後のマイルズが、駆け寄ろうとするが。

「チェックメイトですわ」

 カレンが、エーヴェルハルトに教化のロザリオを突き付ける方が速かった。

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