第29話 常夜の城主にして、闇と光のキセキが一部でクソゲー呼ばわりされた諸悪の根源
「大好きだ、カレン」
カレンの私室で、マイルズ様が言った。
……カレンとお揃いの、聖者の法衣を着たマイルズが。
「ずっと、一緒に居よう」
「あぁー……マイルズ様……」
彼女はご満悦に、自分の両頬に手を添え、身をくねらせる。
……しかし。
「……やっぱり、何か違う」
一転して冷めたように言うと、彼女は“マイルズ様”に命じる。
「元にお戻りなさい」
カレンの言葉に応じて、マイルズの姿が真っ黒で平坦な質感に変わった。
姿見の小姓の、本来の姿だった。
彼(?)の出会った事がある相手ならば、姿だけなら何度でも変身する事が出来る。
エーヴェルハルトの配下同士、マイルズと会う機会もあったのだろう。
ただし、教化された事で、能力や装備をトレースする機能は失われたらしい。
戦力の面では、カレンのそれしかコピー出来なくなっている。
つまり、先程の彼(?)は、外見がマイルズでありながら能力がカレンそのものと言う、非常に気持ちの悪い状態だった。
それでも、自分が二人に増えると言うのは、充分過ぎるほどの戦力だ。
現実でも、誰もが一度は夢見た事があるのではないか。
自分がもう一人居れば、勉学や仕事や家事がもっと捗るのに、と。
特に技魔ビルド(技量と魔術重視の能力)のカレンは、戦闘中に選ぶべき手札の数が多い。前衛と後衛を分担出来るだけでも相当なメリットだ。
お互いの能力を誰よりも熟知しているから、コンマ秒単位の連携も誰より密に出来る。
敵に回せば弱いが、味方にすれば心強い。何だかんだ“自分自身”と言うのは最も相性の良い存在だと言う事だ。
「そうですわ! シュニィを呼んで来て、貴方も彼に変身して、
これぞ、両手に花作戦だ。
思い立ったが吉日、カレンは早々にシュニィを呼びに部屋を出た。
それからエストックと黙秘剣の月桂樹は+9になり、魔法の指輪も7つ揃った。
レベルも相応に上がり、今やクズ素性を選んだハンデも克服されていた。
そして遂に、エーヴェルハルトの居城の巨大な門に手が届いた。
カレンは真正面から、漆黒の草花に彩られた庭園を歩く。
潜伏者の気配は無く、周囲に
不躾なまでに堂々と、エントランスに踏み入る。
焦げ茶を基調とした、儀礼的で豪奢な礼服を纏った長身の男……城主エーヴェルハルト御自らが立ち、カレンを待ち受けていた。
ウェーブのかかった長い銀髪、血色の薄い白磁の肌。
顔立ちは、美姫のごときシュニィのそれとは好対照。飽くまでも男性として完成された、王者の美だった。
ノワール・ブーケの君主にして、不死者を統べる王。
大エーテルの加護を受けた教国の民とは違う、闇の下法によって不老不死を得た、摂理の冒涜者。
そして、主君の側に付き従うのは、ただ一人。
どういう訳か鎧を着ず武器も無い、平服姿のマイルズだった。
「我が居城へようこそ。聖女殿」
重く、しかし澄み渡ったバリトンが、鏡面のごときエントランスに反響した。
「要件はディナーか決闘か……訊くだけ野暮の様だ」
紅玉のように赤い……ヒトの虹彩に有り得ぬ瞳で、エーヴェルハルトはカレンを射抜くように見据えた。
「弁えよ。汝の帯刀は許して居らぬ」
闇の君主が宣言すると、エストックと刃鞭が音を立てて壊れた。
尤も、大聖堂に帰れば容易に再生は出来るが。
これが、エーヴェルハルトが持つ王権のひとつ。
彼の眼前では、あらゆる“武器”とされるものを持つ事が許されない。文字通りに、だ。
エーヴェルハルトにとっての味方であるマイルズも例外では無い。
故にマイルズは、主君の側で彼を護る為に素手の武術をも極めたのだ。
そして、
引き換えに、一切の武器を取り上げられると言う、別なハンデを被る事にはなるが。
また、カレンの周囲を浮いている氷剣が破壊される事は無いようだ。
徒手空拳と魔術は武器と見なされない。
つまり、エーヴェルハルトに挑むと言う事は、これらを駆使して勝利せよと言う事だった。
闇と光のキセキがクソゲー呼ばわりされる場合、この戦闘がやり玉に挙げられやすい。
本来、死にゲーとは、難易度が過酷ながらも「努力が必ず報われる」事を前提として作られるものだ。
カレンの場合は、たまたま魔術が使えるビルドだったからまだ良い。
問題は、女騎士などの素性でスタートし、素直に武術一辺倒で鍛え、ここまで辿り着いた場合だ。
剣士や戦士が有無を言わさず丸腰にされて、どうやって敵の総大将と戦えと言うのか?
純近接タイプであっても方法が無いわけでは無いが……果たして何人が、不馴れな戦法で乗り切れたものか。
ここまで来て詰んだプレイヤーは数知れず。
Amazonレビューでも、低評価と罵詈雑言の嵐が吹き荒れた。
摂理を冒涜した不死者王エーヴェルハルトは、同時にこの“世界”の評価を著しく下げた戦犯でもあった。
ともあれ、カレンには関係の無い話だった。
今更、こんな“通過点”で負けるつもりもない。
無造作までに冷淡に、教化のロザリオを取り出すと、カレンは配下を召喚する。
やはり、この場に呼ぶのに最も適した配下は……レモリアだろう。
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