第32話 お花畑でフランケンシュタイナー

 エーヴェルハルトの居城を抜け、裏手に出た。

 厚い雲に覆われた、暗い純白の空。

 なだらかな谷があり、見渡す限りの黒花と、普通の青いネモフィラとが入り乱れて咲いていた。

 天から注ぐ大エーテルの光が、花一本一本の質感や陰影をくっきりとさせている。

 花畑はかなり背が高く、ともすればカレンの肩にまで届きそうなものもあった。

 主を失った騎士は、黒花に溶け込むようにして待ち構えていた。

 巨人族の振るう、巨大な棘付き鉄球棒モーニングスターを担いで。

 やはり、平服姿だった。

 鎧を着せる配下が残っていなかったのか、あるいは先の戦いと同じく“投げ技”を使う為に敢えて軽装を選んだのか。

 お互い、言葉はない。

 カレンはただ、左手を彼にかざした。

 空間に、油を射したような揺らめきが生じて、マイルズの姿が歪んだ。次瞬、膨大な質量を持つ巨大モーニングスターが砂のように崩れ落ちていた。

 武器の所持を禁じるエーヴェルハルトの王権。

 教化によって不死者王を従えたカレンは、魔術と言う形で彼の特質を受け継いでいた。

 問答無用・無差別に破壊するエーヴェルハルトのものと違って、カレン本人がその都度意識した対象しか破壊出来ない。

 だが、それは裏を返せば、武器を没収する相手とタイミングを選べると言う事。オリジナルより汎用性が上がったとも言える。

 術式の容量は、指輪4つ分。

 マイルズが、横跳びに、黒花の中へ姿を眩ませた。

 対するカレンは、教化のロザリオを取り出した。

 召喚する配下は……姿見の小姓。

 カレンと瓜二つの、左右反転した存在が現れた。

 召喚の次瞬。

 マイルズが黒花を散らして跳び掛かってきた。

 右手には何らかの片手武器。

 直剣と判断。カレンは小盾で受けようとし、

 弧を描いた刀身の湾曲剣ショーテルが、盾を迂回してカレンの腕を深々と引き裂いた。

 夥しい血が撒かれ、黒花はより黒く、ネモフィラは真っ赤に染まった。

 追撃が来るより先に、カレンが“王権”でマイルズのショーテルを破壊。

 カレンのコピーが、“治癒”の魔法をカレンにかけつつ、前に躍り出た。対するカレン本人は大きく下がり、コピーに前衛を託す。

 既に流れた血で濡れてはいるが、傷口は塞がっていた。

 やはり、仲間にヒーラーが居ると助かる。

 コピーに使わせる前提で、カレンは指輪に回復魔法をセットしていたのだ。

 丸腰のマイルズへ、コピーがエストックを振りかざす。

 細身剣は、花を数束切断したのみ。

 板金鎧を着込んでさえ迅雷の身のこなしだったマイルズは、軽々と翻って、また花畑に潜む。

 恐らく為だろう。

 マイルズは、この花畑の中に、持てる武器全てを隠しているようだった。

 現に今も、カレンの目に、無造作に転がるメイスが映った。

 具体的な数はわからないが、最低でもこの世界に現存する武器種ごとに一本ずつ用意されていると考えるべきだろう。

 ソル・デ戦の時と同じだ。カレンとしては、それをむざむざ見逃すしか無い。

 今回は“王権”があるとは言っても、壊して回るだけのタイムロスが惜しい。

 出来れば、姿見の小姓を“この後の連戦”まで実体化させておきたいからだ。

 マイルズとは早期に決着を付けねば。

 カレンのコピーが、左手で刃鞭を振り回した。

 瞬間的に広範囲を薙げる武器で、当てに行ったのだろう。視界が悪く、間合いも離れている今、エストックでは少々不利だ。判断としては間違ってはいない。

 マイルズが相手で無かったのなら。

 マイルズの潜む花の中から、鮮やかな青色の、紐状の物が伸びてきた。

 それはカレンのコピーが振るう黙秘剣の月桂樹に襲い掛かると、遺伝子のような螺旋状に絡まり、力任せに奪い取った。

 巨神の青髪。

 ヒトの色素にあり得ない、神族の髪で編まれた鞭だった。

 絡め取った刃鞭ごと、巨神の青髪がカレンのコピーを襲って打ち据えた。

 コピーは胴を裂かれて血飛沫と共に仰け反った。

 更なる追撃が来る直前、カレンの“王権”が間に合った。いかなる大火でも燃やせない巨神の青髪は、細切れに四散した。

 聖遺物の呆気ない末路に、彼女はエーヴェルハルトの王権の強大さを見せ付けられた思いだ。

 カレンのコピーが、氷剣の陣を展開。

 その隙を補うように、カレン本人はコピーを回復しながら、駆け出した。

 そして自分も氷剣を5本生み出し、大回りにマイルズを追った。

 コピーと共に、彼の前後を挟み込むようにして。

 揺らめく花の隙間から、マイルズが次の武器を拾うのが見える。

 カレンもコピーも、更に足を速めて距離を詰める。

 マイルズの前後より、計10本の氷剣が殺到する。

 何本かは何らかの武器によって叩き落とされたようだが、大半がマイルズの身体に刺さった手応えあり。

 二人のカレンはエストックを掲げ、同時にマイルズへ斬り掛かった。

 響いたのは、金属音のみ。

 両方、直剣で受け止められた。

 マイルズが、左右それぞれの手にもった剣で、カレンとコピーのエストックを同時に受けたのだ。

 やはり、氷剣は彼の全身に突き刺さっている。

 だが、痛みなど意にも介していないようで、マイルズは力任せにカレンもコピーも、剣ごと弾いた。

 コピーの首筋に回し蹴りを叩き込んで地面に伏せ、同時に二振りの直剣が破壊された。

 武器が手元から失せた事も気に留めず、魔術行使直後のカレンの腕を取って、一本背負い。

 カレンもまた、背中から叩きつけられ、大地に縫い付けられたようになった。

 更にマイルズは、やや大振りな短剣ダガーを取り出すや、カレンに馬乗りとなって心臓をひと突きした。

 致命の一撃にも臆さず、カレンは左手をマイルズの顔面至近距離に突き付けた。

 彼の頭上で再び氷剣5本が生成。

 マイルズは更なる止めを諦めてカレンから離れ、追い縋る氷剣から逃れる。

 直撃の寸前に横へ飛んでローリング。氷剣の2本は軌道が逸れて地面に墜落した。

起き上がり様、マイルズは残る3本をダガーで瞬時に迎撃、破砕した。

 胸から致死の血流を流したカレンが立ち上がり、賢者の石に触れる。

【賢者の石:8/9】

 マイルズをここまで追い詰めた段階で、石の消費が一回で済んだのなら上等。彼女は冷然と計算していた。

 既に起き上がっていたコピー・カレンと本物のカレンで、再びマイルズを前後から挟む位置取り。

 そして、また各々に氷剣の陣を作り出す。

 既にマイルズの身体は血染めで、その精悍かつ秀麗な美丈夫の顔も蒼白になりつつあった。

 マイルズは、コピー・カレン目掛けて特攻した。

 刃鞭を失い、まだ与し易いコピーの方を道連れにしようと言うのだろう。

 容赦なく襲い掛かる氷剣。ダガーで2本叩き落とし、3本が刺さった。

 カレンは王権でダガーを剥奪。

 マイルズは、古代のボクシンググローブ・セスタスを拾い、装着していた。

 鋲を打ち込んだグローブで、コピー・カレンにインファイトを仕掛ける。

 フック、フック、ボディブロー、アッパー。

 一応、外見上は女である姿見の小姓を、容赦なくボコボコに殴るマイルズ。

 本物のカレンも黙ってはいない。

 コピー・カレンに回復魔法をかけてやりつつ、援護に駆け付ける。

 失血が進み、精細を欠いてゆくマイルズの拳。

 一方、回復魔法で活力をいくらか取り戻したコピー・カレン。

 マイルズの右ストレートが、コピー・カレンの小盾に受け流された。

 大きくつんのめる、マイルズ。

 コピー・カレンはマイルズの腹にエストックを刺し、胸板にドロップキックを叩き込んだ。

 よろめくマイルズの背後から、本物のカレンが跳躍。

 彼の頭部を、そのやわらかな腿で挟み込むとーーバック宙の要領でマイルズごと回転、地面に彼の脳天を叩き付けた。

 フランケンシュタイナーだ。

 見た目以上に逞しいマイルズの首が折れる事は無かったが、流石に悶絶してすぐには立ち上がれないようだった。

 見事なタッグプレーを演じたコピー・カレンとハイタッチをして称え合うカレン。

 

 しかし。

 ここまでやってしまうと、流石に嫌われはしないか。心配になってきた。

 でも、教化のロザリオがあれば心配ない。 

 もはや勝敗は決した。

 戒めるなら、今しかない。

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