第27話 巨人体実験

 今から語る交戦に先んじて、カレンが新たに導入した聖水魔術について紹介しよう。

 その名も“氷剣の陣”である。

 ジョアン流聖闘技と、フィリップ派の冷凍聖水魔術の合作とも言うべきそれは、名前の通り、氷の剣を5本ばかり造り出す。

 ただし、この剣は手にして振るうのでは無く、術者の周囲で常に浮遊している。念じる事で任意に射出するか、害意ある者や武器の接近に反応して自動発射される。

 前者はともかく、後者の性質に関しては良し悪しであった。

 術者の意識の外にある攻撃を迎撃してくれるのは心強い一方、それは同時に、囮に弱いと言う事も意味する。

 ともあれ、自分とは別個に動いてくれる剣があると言う事は、擬似的に戦力が一人分増えると言う事。

 聖水魔術を近接戦闘の補助と考えるジョアン流ならでは、波状攻撃の為の射撃魔法であった。

 

 事もあろうに、大聖堂の領内で襲撃を受けた。

 相手は、粗野な巨人族が一人。

 シュニィの“お誕生日会”に出席し、二度と戻る事の無かった女騎士ジュリエッタの腹心だった男だ。

 過去、いかに教国民を虐殺していようと、聖女に教化される以前の罪は帳消しとされる。

 彼が何を思ってシュニィを付け狙おうとも、絶対的に正義はカレンの側にあり、この狼藉を働いた巨人こそが絶対悪であった。

 恐らくは。

 そんな二元論では割りきれない何かが、この巨人にはあるのだろうけれど。

 小指を立て、新兵器の“氷剣の陣”を展開。「あの娘、もしかして彼女コレなの?」とからかうような仕草に見えて大変はしたないが、魔法の触媒たる指輪を使っているだけだ。決して他意はない

 次に、先日手に入れた刃の鞭“黙秘剣の月桂樹”を腰から外して展開した。

 最悪の苦痛をもたらす形状のそれを見せ付けられながらも、巨人の足は微塵も躊躇しなかった。

 よほど怒っているようだ。

 だが、カレンの周囲宙空にはべる氷剣を警戒するだけの分別はあるらしい。

 野蛮な石斧を片手に、ゆっくりと間合いを測ろうとしている。

 それを遠慮無く、鋼鉄の月桂樹で打ち据えてやった。

 巨人の豪腕に潜り込んだそれは、巻き付き、内側に食らい付いた上で肉を削いだ。

 血の散水が弾けた。

 逆に、鞭で容赦なく追いたててやると、面白いように氷剣の有効範囲に迷い込んでくれた。

 殺到した五本の氷剣を、身を固めて耐えたものの、胴体にことごとく潜り込んだそれらは、主要な臓器にまで達しているだろう。

 だが。

 日本の弁慶よろしく、全身を刺し貫かれながらも、巨人は痛みを糧にして大地を踏み締めた。

 カレンはただ、冷然と氷剣の陣を展開しなおすのみ。

 どちらでも良い。

 氷剣から逃れて、刃の鞭に肉を削ぎ落とされるか、

 刃の鞭から逃れて、氷剣に刺し貫かれるか。

 巨人がどちらの末路を迎えようと、カレンの身には一切関係なかった。

 いや。

 使用感は何となくわかったので、カレンが最後まで相手をする理由も無かった。

 彼女は、教化のロザリオを手にした。

 そして呼び出す。

 自分あたしだけを護ってくれる、ナイトを。

 優美な巨大レイピアを手にしたソル・デが、実体化するや否や、ジュリエッタの下男に向けて迅雷の突きを放った。

 

 巨人同士の剣戟は、なかなかに迫力があった。

 もはや蚊帳の外に追いやられたカレンは、特撮映画のようなそれを見上げるしか出来ない。

 だが。

 洗練された、気品あるレイピア捌きと、粗末な石斧で殴りかかるだけの野蛮な振る舞い。

 まるで勝負にならなかった。

 ソル・デの剣に心臓を刺し貫かれ、横死が確定した瞬間も、名も知れぬ巨人は怨嗟の眼差しを滾らせ続けていた。

 だが、それを真に向けたい相手ーーシュニィに届く事は絶対に無い。

 シュニィがそれを視認したとして、何の情感的変動も無いだろう。

 これが、持たざる者の哀しさ。

 彼女は、さほど興味も無く、巨大な賊の死骸を見下ろした。

 

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