第26話 狩りと憩い、血のようなドレス

 大ボスも残す所、あと二人。

 指揮系統の半数を失ったノワール・ブーケの事情が、雑魚敵の様子からも見て取れた。

 主に、マイルズ配下のノワール騎士が前線で立ちはだかっていた。

 次点で、ソル・デの後継ポストを狙って参戦した巨人族が巡回している。

 元々、まともな意志疎通の出来ないシュニィには関係の無い話だったが、レモリアの元部下の中で魔法に優れた者が、少数ながら後方支援に配置されているくらいか。

 後は、戦死者を再利用したアンデッドで補填されていると言った有り様だった。

 

 片腕と片足をやられた兵士の一人が、這いずっていた。

 すぐさま、別の兵士がそれを助けに向かったが。

 音もなく、白く濁った、光沢のある槍の穂先のような氷塊が腹に刺さってつんのめった。

 次瞬、氷の槍から尋常ではない冷気が放射し、兵士を内側から一瞬で凍結させた。

 真っ白な血色に早変わりした犠牲者は、糸が切れた人形のように、前のめりに倒れ伏した。

 

 成果を確かめると、カレンは覗き込んでいた遠眼鏡を下ろした。

 あれから更に指輪を手に入れ、4つになった。

 シュニィから“葬送のくさび”を借りてみたが、かなり使い勝手が良かった。

 目視圏内をほぼ掌握可能な破格の有効射程距離は言わずもがな、それだけの推進力を与えられた氷の塊となると、単純な破壊力フットポンド的にも凄まじく、厚手の板金鎧すら軽々と穿ってしまう。

 何より、着弾後に身体の内部から凍結させる冷気が凶悪そのものだった。

 当たり所次第だが、最低でも五体いずれかの欠損は約束され、仕留め損ねたとしても動きを大きく鈍らせられる。

 まして急所に命中すれば、人間であればまず助からないだろう。

 それだけの威力を出すには相応の“溜め”を要するが、弓矢を引き絞るようなものと思えば納得の制約だろう。

 スロット負荷的には指輪2つ分の容量なので“体内リセット”の祈祷は一旦お蔵入りとなったが、無形のスナイパーライフルが手に入ったようなものだと思えば、それだけの価値はあった。

 仲間の惨状を遠巻きに見守っていた兵士達が、一斉にカレンの潜む廃屋の方を見た。

 敵の一人を瀕死に留め、救護に来た他の仲間を撃ち抜く。狙撃の手法としてはありふれたものである。

 彼らとて、罠を承知で仲間の救護に向かったのだろう。

 葬送の楔の射線から、下手人カレンの潜んでいる位置を割り出したようだ。

 兵士達が、数をたのみに押し寄せてくる。

 カレンはゆったりと手をかざし。

 “憤怒の聖油”による、沸騰した油を彼らに浴びせかけた。

 洪水のようなそれに焼かれた兵士達はあまりの苦痛に断末魔を撒き散らし、足を滑らせて転倒し、のたうち回り、一人残らず動かなくなった。

 鎖帷子はおろか、騎士の堅牢な板金鎧であっても、煮える油の熱はほとんど素通ししたようだ。

 聖水魔術は、元となる水を無から生成できるので、油攻めの弱点である入手性の劣悪さ=長期戦の弱さが元より克服されている。

 

 油浸しの焼死体から戦利品を漁る。

 目ぼしいものと言えば……“葉”の形をした鋭利な刃物を連ねた鞭“黙秘の月桂樹”と…………魔術師タイプの焼死体が、カレンの小指に合う指輪をしていた!

 これで魔法スロットは5になった。

 エーテル稼ぎがてらではあったが、渉猟マラソンの甲斐があったと言うものだ。

 改めて見下ろすと、山の六合目ほどだろうか。

 遠く、広大な教国がミニチュアのようだった。

 順調にノワール長城を駆け上がっている聖女は……今や、カレン一人のみであった。

 

 今や、カレン一派の憩いの場となった大聖堂庭園の片隅。

 モルフォ蝶が鮮やかに舞い遊ぶ中、レモリアが、ソル・デが、アンドリューが迎えてくれる。バトラーも、今日はこの場に実体を置いていた。

 そして。

 カレンの帰還を認めるや否や、シュニィが一目散に駆け出し、正面から抱き付いてきた。

 その、早朝の清流を思わせる髪を、手で優しくといてやると、満ち足りた笑顔でカレンを見上げて来る。

 ーーあぁー、癒されるー。

 帰りを待ってくれる人が、また一人増えて、彼女は幸せだった。

「そうですわ、シュニィ! 貴方からお借りした葬送の楔は大変助けになりました」

 カレンの感謝に対し、疑う事を何一つ知らないような無垢な少年の顔がまた、くすぐったそうに笑った。

「だから、本日はわたくしからも貴方に贈り物がございますの!」

 

 赤と白を基調とした令嬢ドレスを着せ、長いプラチナブロンドを黒いリボンでお嬢様結びハーフアップにしてやると。

「ほぅ……!」

 ただただ、溜め息しか出なかった。

 カレンのなすがまま、ドレスアップされたシュニィの姿は、まさしく絶世の美少女と称するのも下劣な、人が触れてはならない禁域とすら言える姿であった。

 ……あまり考えすぎると、女として自信を無くしかねないけれど。

 昼下がりの陽光と、大エーテルの白金光に淡く照らされた笑顔と言ったら……彼女は、今すぐにでも彼を捕まえて頬ずりしたい衝動に襲われたが、すんでの所で正気を留める。

 この赤い令嬢ドレスを実体化するだけでも、駆け出しの聖女候補者、何人分の命を賄えるエーテル量だったか。

 そんな事は、考えるだけ無粋だったが。

 

 

 おまけ。

 先ほど手に入れた“鞭”の解説文フレーバーテキストは以下の通り。

【黙秘剣の月桂樹】

【広葉樹の枝葉を模した刃の鞭。その美しい葉は、犠牲者の肉を削ぎ、生涯癒える事の無い欠損をもたらす。

 二つ名の“黙秘剣”の由来だが、その恐ろしい見た目から拷問に用いようとした詰問官が、虜囚を期せずして死なせてしまった、痛ましい事故が頻発した事にあった。

 振るうには高い技量を要求されるが、出血効果が高く、額面上の傷害以上に敵対者を弱らせる事が出来る】

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