第25話 後の祭りと、光の闇の公女

 庭園の瓦礫が霜でコーティングされる中。

 氷の粒と冷気に紛れ、ひとつの人影がやって来る。

 持ち主の身の丈を超す大剣を持ち、明確な殺意を持ってこちらへ疾駆してくる者が。

 何度やっても、こうした侵入者と交戦する前の緊張感には慣れないと、彼女は思った。

 まして今は、竜退治と言う大仕事の後でクタクタだと言うのに。

 レモリアを召喚すると、彼にシュニィを預けて自分は剣を抜いた。

 邁進する彼へと手をかざし、水撃ボールを放った。

 侵入者ーーマイルズは、フルプレートの鎧姿とは思えない迅雷の踏み込みでこれを躱すと、その勢いのままに大地を蹴ってカレンへと襲い掛かる。

 大剣・グレートソードが野太い旋風を纏って横薙ぎに襲う。カレンはこれを、最小限のスウェーで回避。

 だがマイルズは、振り抜いたグレートソードを力ずくで構え直すや、跳躍して唐竹割り。

 カレンはこれも横に回避し、エストックを刺し返そうとーー遥かに重い得物を持つ筈のマイルズが突きを繰り出す方が速い。

 カレンは反撃を諦め、距離を取ろうと飛び退く。

 カレンが逃げる距離よりも、筋力と体格で圧倒的に勝るマイルズの追い縋る距離の方が大きい。

 マイルズはなおもグレートソードを振り抜いて、

 カレンの側を、凝った闇のようなものが通り過ぎて、マイルズを襲った。

 それは黒地に蒼の羽根を持つモルフォ蝶の大群。

 レモリアが召喚した殺人蝶が、マイルズの腕など、鎧から露出した部位を抉った。

 マイルズは転がり、纏わり付く蝶を払いのけ、再び距離を取って剣を構え直した。

 そして、レモリアを真っ直ぐに見据えた。

 両者の間に、言葉は無かった。

 そして。

《退却して下さい、マイルズ様》

 音の無い、記憶に直接刻み込まれるような“声”が、カレンに、そしてマイルズやレモリアにも届いたらしい。

 それは、鈴やかであり、凛然とした女の声だった。

 続けて、中空に幻影がこねくり回され、声の主と思われる女の姿が形成されてゆく。

 それは、深いみどりと純白を基調としたドレスを着ていた。

 腰まで伸びた黒髪は、夜の清流のように透き通った闇をたたえていた。

 切れ長の目の中で煌めくのは、紅玉のような瞳。

 闇の公女、セレスティーナ。

 二つ名のそれは、誤植などではない。

 闇の一族の公女、と言う性質を表している。

 そして、ゲーム的に無粋な事を言えば、

 

 闇と光のキセキにおける、ラスボスは彼女だった。

 

 強大な殿方に死闘を挑み、勝利する事で恋の道へと進む死に乙女ゲーム。

 その最後を飾るラスボスまでもが美男であった場合、また「何故攻略出来ないの!?」と阿鼻叫喚の炎上絵図がファンの間で繰り広げられてしまうだろう。

 身も蓋も無い事を言えば、このセレスティーナは、死に乙女ゲームのラスボスとして、妥当な“落とし所”として生み出された存在だった。

《もう一度言います。撤退を、マイルズ様》

「しかし、このままではシュニィまでもが敵の手に……!」

 マイルズの、甲冑によろわれた爪先は、未だ油断なく間合いを測り続けていたが、

《エーヴェルハルト閣下の命でもあります》

「……」

《今回の事はシュニィ様の独断専行であり、この場に赴いた貴方の行動もまた、閣下の本意ではない独断専行です》

 マイルズの、グレートソードの柄を握る力も増した。

 手甲ガントレットの軋む音が、カレンにまで届くようだった。

《貴方が護るべきは、エーヴェルハルト閣下である筈です》

 レモリアが進み出て、再び何らかの魔術を紡ごうとした。

 彼の実体化時間にも限りがある。このまま、一対二で畳み掛けなければ、カレンに勝ち目はない。

 先方の揉め事など、律儀に傍聴する義理も無かった。

 そして。

「…………承知、致しました……」

 断腸の思いと言った調子で、マイルズは君命に従った。

 そして、信じがたい速さで走り出すと、瞬く間に霜と冷気の情景に消えていった。

 

 窮地からは逃れた。

 やはり彼女は、殿方としては恋慕う反面、殺し合うにあたってのマイルズを非常に苦手としていた。

 今回も、彼の持つ武器が前回と違っていた事を覚えておいでだろうか。

 彼は、この世界のあらゆる武器・流派を達人レベルに使いこなす軍神じみた戦士であった。

 短剣、直剣、大剣、特大剣、細身剣、湾曲剣、太刀、槍、大槍、槌、斧、斧槍、鞭、鎌、大型打撃武器全般、爪、拳、棒、連接棍フレイル、小弓、長弓、大弓、ボウガン、盾……枚挙に暇がない。

 しかも、仮に持って来たのが直剣だったとする。

 だがマイルズは、直剣一つとっても数多の流派を極めており、力任せのスタイルで来るのか変幻自在の技量スタイルで来るのか、はたまた、何処かの気が狂った勢力の編み出した理解不能な型で挑んでくるのか、全く読めない。

 この上、左右の手で違う武器を持つパターンも数に入れねばならない。

 当然、同じ戦いの中でもスタイルを切り替えるのは彼の自由だった。

 持っている手札が多すぎて、“予習”する事を許さない。

 死んで覚える死にゲーにおいて対策をさせないマイルズは、まさしく“鬼”と謗られる理不尽なボスであった。

 攻略Wikiと言う利器があったご時世。

 彼が用いる全ての武器、武術流派モーション・パターンは余さず網羅されていた。

 だが、情報が全て看破されたとしても、何人のプレイヤーがその全てを暗記出来ていたものか。

 

 彼女が攻略せんとする相手は、それ程までの難物であった。

 

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