第24話 ドッグファイト(竜)

 音の暴力。それだけで肌を打つ咆哮。

 青竜が、巌窟がんくつのごとき口腔を大きく開いた。名剣のごとき牙は、存外歯並びが良い。

 世界を氷河期に戻さんとでもするような、気の遠くなる冷気のブレスが、黒竜(とそれに乗るカレン)を撃ち落とそうと放出された。

 若き青竜の狼藉の対し、赤き黒竜は、静かに余裕然と口を開けて。

 固体のように濃縮された、黄金の光条を真正面から吐き返した。

 光のブレスは氷河期のブレスを正面から両断、その先に居た青竜は既に錐揉みを描いて急降下していた。

 沈むように高度を落とした青竜は、旋回して黒竜の背後へと回り込む。

 そして、愚直なまでに黒竜を目指して急浮上。

 氷河期の残滓である冷気の霧を、纏ったソニックブームで吹き散らしながら、襲い掛かって来る。

 カレンは、片手で律の空割剣くうかつけんを掲げた。

 女騎士ジュリエッタの持っていた両手持ち用の剣ツヴァイハンダーと遜色の無い長さながら、重さがほとんどない。

 その長大ながら優美な装飾の剣身には、黄金の光で紡がれた、失伝言語の文字列が漏れだしていた。

 それは、世界の根源を記述したソースコードだったのかも知れない。

 遠くから迫る青竜を指し示すように、その剣を振り下ろす。

 刃自体はまるで届かないが、切っ先から黄金の光文字が迸り、青竜の左翼を引き裂いて血煙を上げた。

 青竜が空中でバランスを崩しかけたのを見逃さず、カレンの乗る黒竜もまた、大回りに旋回して背後を取ろうとする。

 令嬢の細身に殺人的なGがかかるが、聖女には特別な加護があるので問題ない。

 青竜が、首を横に薙ぐようにして氷河期ブレスを放射、追尾してくる。

 カレンは空割剣を振るい、光の奔流を発してそれも霧散させた。

 返す刃で、それを光剣として薙ぐ。

 空割剣のそれは、世界の法則、“律”そのものを分断する。さしもの白死竜とは言え、接触した面積だけ無条件に断たれてしまうだろう。

 それを竜の本能で感じているのか、潜り込むようにカレンの光剣を躱しつつ、急浮上して正面から肉迫する。

 小うるさい副砲カレンを脅して牽制する意図なのだろうが、カレンは遅滞なく光剣を振るった。

 脇腹を大きく裂かれながらも、青竜は黒竜とすれ違うように通過。

 黒竜もすぐさま大きくUターンし、向き直る。

 正面から相対した両竜、ほぼ同時に巌窟じみた口腔を開け放った。

 氷河期が吐き出されるよりも、球状に成形された黄金光のブレスが青竜の腹に喰らい付いた方が速かった。

 カレンの穿った傷口から潜り込んだそれは、青竜の体内でわだかまるように増幅ーーそして膨張・飽和した。

 圧倒的質量の青竜の身体は粉微塵に四散する。

 天空で、血煙と結晶質な外皮と無数の氷片が、黄金光の尾を引いて放射した。

 シュニィの誕生日最後を彩る、一大花火だった。

 

 休む間もなく黒竜が急降下。

 地表に着陸するや、エーテルの残滓を残して、途方もない竜の身体は消失。

 役目を終えた律の空割剣くうかつけんもまた、夢幻のように消え去った。

 カレンは、乗り物の消滅に動じる事もなくシームレスに飛び降りると、ある一点を目指して走った。

 頭上、落ちてくる小さな身体があった。

 ヒトに戻ったシュニィだった。

 カレンは、それを横抱きに受け止めた。

 竜の半身を失ったその矮躯は、人形のように軽かった。

 流石に遊び疲れたのか、眠ってしまっている。

 無理もない。

 そして、細かな事に拘泥しない黒竜とは言え、気遣いの心はちゃんとあるようだと、彼女は思った。

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