第23話 死のプレゼントで死をプレゼント

 シュニィは、古竜の末裔だった。

 蒼穹の白死竜はくしりゅう、シュナイデルグ。

 青く色づいた結晶のような外皮、太陽を覆い隠さんとする蝙蝠のような皮膜の翼。

 それが、彼が、美姫のごとき少年の姿と有していた身体だったのだ。

 見れば、腹には大きな裂け目が開いており、大量の血液が流れ出していた。

 カレンが刺し貫いた傷でありながら、カレンの持つエストックでは決して付けられない筈の大きな傷。

 単純に、ヒトと竜の混血……遺伝子を半々持っていると言うには、些か語弊があった。

 彼は純血の人間・シュニィであると同時に、純血の青竜・シュナイデルグでもある。

 魔法をそらんじるスパコンじみた記憶力。

 特大剣で打たれてもびくともしない質量ウェイトと、装甲性。

 素人そのものの拳が、騎士を一撃で屠ったアンバランスな筋力。

 全ては、小柄な少年の身体に、竜の質量が詰まっていたからだった。

 そして。

 これが、誕生日パーティ最大の目玉イベント。

 主役への“プレゼント”である。

 シュニィが随意に竜へと変化するには、彼でさえも手に余る程のエネルギーが必要だった。

 それも、聖女達のエーテル保有のように、地道に蓄えれば貯まるようなものではない。

 短時間に、瞬間的に、膨大なエーテルの“変動”……言い換えれば“勢い”が無ければならない。

 そのエーテルをダムに例えるなら。

 必要なのは、莫大な貯水量そのものではなく、放水時に生じるエネルギーだと言う事。

 そう、例えばの話ーー聖女のような超越者が何人も、絶え間なく生き返るようなエーテルの“流れ”だ。

 卵の殻を、指で何百と弾いた所で割れはしない。

 一息に、拳骨で叩かなければ。

 シュニィは、この姿で空を駆ける事が大好きだった。誕生日の今日、すぐにでも、竜になりたかったのだ。

 青竜が滑空。

 地面に腹を擦り付けて抉り、拡げた翼で地表のものを轢き潰した。

 何人かの乙女達と、用済みとなった復活地点の碑石を。

 血煙と化した者の中には、女騎士のジュリエッタが居た。

 配下の巨人を時間一杯実体化させ、自前のエーテルを枯渇させていた女騎士が。

「ジュリエッタ様ッ!」

 トリシアの、喉を裂くような悲鳴。余程親しかったのか。

 遅れて事態を認識した巨人が、狂乱の咆哮を迸らせた。

 シュニィに誕生日プレゼントが渡った今、復活コストのエーテル供給は終わった。

 女騎士ジュリエッタは、二度と蘇らない。

 充分予測できた事だろうに。

 シュニィは敵だ。

 命を奪い合う敵。

 それが、最後の最後まで約束を守るなど、本気で思っていたのか。

 彼女はエストックを鞘に納めつつ、他人事のように考えていた。

 青竜が、固体のように凝縮された真っ白な冷気のブレスを吹き掛けた。

 怒り狂う巨人も、失意に沈むトリシアも、その他の有象無象も全て、靄の放射に包まれて氷漬けとなった。

 もはや、死んだ者から教国へと送還され、戻っては来まい。

 この場合、聖女に認定されていなかった残りの候補者達は幸いだった。

 この、敵側がエーテルを全額負担すると言う“旨い話”の罠にかかりようが無かったのだから。

 そして。

 

 山のような質量の何者かが、野太く空気を抉りながらカレンの前に降り立った。

 光沢の無い、漆黒の外皮。

 大きく拡げた、皮膜の翼。

 その瞳は、紅玉のように透き通った叡智に満ちている。

 赤き黒竜。

 シュニィとは別個体の黒い竜が、カレンに何かを告げるように降臨したのだ。

 黒竜は、口に大きな剣を咥えていた。

 黄金の輝きを纏う“律の空割剣くうかつけん”。

 それを、これ見よがしに“使え”とばかりに置かれた。

 この世の危機に際して英雄の前に竜が現れ、何故か聖剣まで完備されている。

 まあ、古くからそれなりに見られる、ドラマの雛型ではある。

 黒竜が、長城のごとき尾が伸びる背を、カレンに向けた。

 カレンは何の疑問も躊躇もなく空割剣を拾うと、黒竜の背中に飛び乗った。

 鞍? 手綱? そんな親切なもの、あろう筈もない。聖典の時代より生きる竜とは、細かな事に拘泥しないものだ。

 彼女を落としてしまうかも知れない気兼ねだとか、そんなものも無く、黒竜は飛翔した。

 遥か上空、両翼を拡げて空を制覇する青竜を目指して。

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