第22話 小さな大エーテルと、小さな少年

 五指を飾る指輪が何とも白々しい、と彼女は思った。

 シュニィの人間離れした記憶力であれば、指輪に頼らずとも魔法の術式を記憶しきれるからだ。

 ならば何故、わざわざ指輪を付けているのかと言うと。

 長柄武器を振りかざして襲い来る市民出身のザーラと村娘ロリアンに対し、シュニィが虚空に呼び出した鉄砲水ーー“ピエトロの城砕き”が襲い掛かって潰した。

 テーブルや食器類の破砕する音があちこちで鳴った。

 同瞬。

 別方向から、女騎士ジュリエッタがツヴァイハンダーを構えて襲撃。

 そちらへは、槍のように鋭利な巨大氷塊が襲い掛かり、板金鎧の上から騎士を貫いた。

 氷を起点に冷気の靄が激しく放射。女騎士は内側から真っ白に凍結させられて死んだ。

 フィリップ派氷の聖水魔術にして長距離狙撃魔法・“葬送のくさび”が、ピエトロの城砕きと同時に放たれていた。

 要するに。

 指輪無しで魔法を暗記できるとは言え、それを行使する身体は一つしかない。

 だから、一度に二つの魔法を撃ちたいと思ったので、指輪と言う外付けデバイスにも頼っているのだった。

 シュニィが、また別の術式を編んだ。

 冷たい突風と共に、真っ白な吹雪が渦巻いた。

 視界は瞬く間にホワイトアウトに閉ざされ、冷気はたちまち肌を刺した。

 “聖化の白夜”。数時間に渡りブリザードを引き起こす、聖水魔術としても破格の有効範囲と持続時間を持つ。

 直接的な殺傷力には乏しいが、凍傷の蓄積と視界不良により、長期スパンで敵対者を追い詰める戦略魔法だ。

 シュニィが、小さな身体にそぐわない軽やかな身のこなしで跳躍すると、その姿が吹雪に溶け込んだ。

 カレンは真っ白な景色を見据え、シュニィの小さな人影に集中、

「カレン様、ご一緒いたします!」

 取り巻きのアンジェリカに背後から話し掛けられ、気が散った。

 ピエトロの城砕きの膨大な水流が放物線を描いて襲撃、カレンをアンジェリカもろともプレス、洗い流してしまった。

 カレンは死んだ。

 

 復活。

 小綺麗な碑石のようなものが設置されており、遥か上空で大エーテルとでも言うべき、膨大なエーテル体が輝いている。

 カレンの保有エーテルは減っていない。

 復活コストがシュニィ側の全額負担であると言うのはブラフでは無いと言う事だった。

「もう話し掛けて来ないで」

 カレンは情感無く宣告すると、シュニィの影が遠ざからないうちに走り出した。

「も、申し訳ありませんっ! どうか、どうかお許しを!」

 そんな事を言っている暇があったら攻撃に参加して挽回なさい、と言いたい所だったが、その時間すらも惜しい。

 とにかく、先程、バトラーの召喚サインがあったテーブルを探す。

 テーブル自体は見る影もなく砕け散っていたが、召喚サインは、まるで質量のある固体のようにテーブルから落ちて、霜の積もりつつある地面に移動していた。

 そちらを目指してーー吹雪にまぎれて飛んで来た葬送の楔の氷槍に胸を貫かれ、瞬間冷凍。

 カレンは死んだ。

 

 上空の小大エーテルの揺らめきが、少しずつ激しさを増していた。

 復活一番、前方に氷塊の流星群が無数に落ちているのが観測出来た。

 トリシアや取り巻きのアンジェリカ、市民のザーラが次々に潰されて死んだ。そして、白金色のエーテルに分解されて姿を消しては、復活地点で再実体化。

 巨大殺人ピザカッターを唸らせた村娘のロリアンと、女騎士ジュリエッタ&巨人の主従コンビが、流星群を掻い潜ってシュニィに迫る。

 ロリアンと巨人の重打を軽々躱したシュニィだが、迅雷の速さで振り下ろされたジュリエッタのツヴァイハンダーは避け損ねた。

 か細い腕を掲げて巨大な鉄塊を受ける。

 特大剣の刃が、小刻みに震えて静止した。持ち主の女騎士の方が、反動で殴られたかのように揺らいだ。

 シュニィは、腕に少し血が滲んだ程度で、不愉快そうに唇を尖らせていた。

 そして、もう片方の手で何の術理もないパンチを繰り出すと、ジュリエッタはゴミクズのように吹き飛んで突っ伏した。

 首があらぬ方向にねじ曲がっていた。

 主をなげうたれた巨人が激情に狂い、シュニィの矮躯に掴み掛かるがーーびくともしない。まるで大地にがっちりと根付いているようだ。

 シュニィが、何の事でも無いように巨人の大木じみた腕を振り払うと、両手を拡げた。

 水圧カッターが彼を中心に放出され、ロリアンの細首はおろか、巨人の分厚い胴体が両断された。

 彼女達が犠牲になっている間に、トリシア、取り巻きのアンジェリカ、市民のザーラが再度追い付いた。

 彼女らも仕事柄、トライ&エラーには慣れているのか、少しずつシュニィの理不尽極まりない猛攻を生き延びる時間が長くなってきていた。

 アンジェリカが、一見して不可視の鞭を、流麗な手捌きでのたうたせる。

 かまいたちにでも遭ったかのように、シュニィの珠のような肌が引き裂かれ、血が滲んで行く。

 だが、無数に刻まれた傷は、どれも不自然に浅かった。 

 糸よりもなお細いそれは、本来、人間サイズの相手など簡単に両断してしまう筈だった。

 トリシアが、レモリアの燐光聖杯をシュニィに放水。

 蒼く輝く毒が、傷口から少年の体内に染みてゆく。

 シュニィくらい小さな身体であれば、たちまち身動きが取れなくなる筈だが……。

 シュニィは、指揮者のように両手を振ると、氷の流星群とピエトロの城砕きが一緒くたに聖女達を襲った。

 誰一人残らなかった。

 もう何度目かわからない、復活地点送りだ。

 上空の小大エーテルが、激しく揺らいでいる。

 彼女らの、幾度と無い蘇生に、呼応するかのように。

 

 有象無象が洗い流されていた隙に、カレンがバトラーの召喚サインに触れていた。

 実体化しながら、恭しいーー悠長な所作を伴って老執事が現れた。

 隻腕のバトラーがステッキを振るうと、カレンの眼前に未知の文字列が黄金光で連ねられた。

 直後、カレンの眼前で氷の塊が砕け散った。

 葬送の楔の、狙撃氷槍だ。バトラーが秘文字の障壁で防いでくれなければ、また瞬間凍死させられる所だった。

 間髪入れず、ピエトロの城砕きの奔流が頭上からカレンを呑み込もうと襲い掛かる。

 しかし、鉄砲水は左右に分かれてカレンを避けるように通過していった。遥か後方で膨大な水が大地を激しく叩いた。

 旧約聖書の海割りライクな光景だった。

 バトラーの護りは、二者(今の場合、カレンと鉄砲水)が接触する因果そのものに斥力をもたらす、絶対的なものだ。

 成功するかは老執事の反射神経次第、と言うのが若干心細い所だが……カレンはシュニィが野放図に放つ水と氷を押し退け、少年の背後に回った。

 正面と側面では、他の乙女達が戦っている。

 当然、バトラーが守ろうとするのはカレンのみ。一人、また一人と虫を潰すように殺されている。

 上空から照らされるエーテル光が眩い。

 カレンは一気に距離を詰めると、シュニィの小さな背中にエストックを突き入れた。

 ここは事を、彼女は予め知っていた。

 すんなりと潜り込んだエストックの刀身は、骨を巧く避けて少年の腹まで貫通した。

 流石に、夥しい血液が弾けた。

 だが、深入りはしない。

 カレンはすぐさま剣を引き抜くと、全力で跳び退き、シュニィから距離を離す。

 そして再度、彼を中心に水刃が放射して、殺到していた乙女達をことごとく両断した。

 

 上空のエーテル光が、ついに飽和を迎えた。

 

 シュニィが、流血の尾を引きつつ、冗談のような跳躍力で天空高く跳んだ。

 それに応じるかのように、復活地点上空のエーテル光が爆発したように膨張。

 シュニィは、それに呑み込まれるように消えた。

 そして。

 

 潮が引くように、エーテル光が晴れて。

 空には、甚大な質量を持つもの……青色の竜が君臨していた。

 その宝玉のような瞳は翡翠のように透き通り、やはり曇りも濁りも無かった。

 

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