第21話 シュニィの殺人お誕生日会

 このシュニィの“お誕生日会”は、ゲーム的に言えば時限イベントであった。

 戦いの趨勢すうせいに無頓着で、長城のあちこちを気ままに渡り歩いているシュニィは、ノワール・ブーケでも最も避けにくく、また、最も捕まえにくい大ボスであった。

 そんな彼と能動的に出会える(彼の方から能動的に会おうとしてくる)数少ない機会が、彼の誕生日パーティであった。

 また、この誕生日会をクリアする事が、シュニィとの恋愛面における攻略フラグでもあった。

 これは、復活エーテルが全額シュニィ持ち、と言う破格の待遇の理由でもあった。

 普通に開催したのでは、来賓の客全て、あっという間に“壊れて”お開きになってしまう。

 つまりシュニィ側の勝利条件としては、誕生日の終わる翌日まで生存する事であった。

 時計の鐘が鳴って以降、彼を逃すまいと挑み続けるのは聖女側の自由だが、復活コストは自己負担に切り替わる事に注意が必要である。

 

 灰色の石壁とくろがねの柵。

 植え込みの植物もまた、いかなる組成なのか、全てが黒塗りであった。木も、草も、花も。

 モノクロ調の情景ながら、遠くで地上を照らす大エーテルの冷光が、それらの凹凸や形状の違いをくっきりと浮き彫りに照らしていた。

 果てなく続くノワール長城の、基本的な色彩だった。

 教国の者とノワールの者が相対した瞬間・場所で、景色はにわかに色付くのだ。

 長城の脇道には様々な砦や集落などがある。

 シュニィの誕生日会に使われる黒薔薇館もまた、そんなロケーションの一つであった。

 庭園。

 漆黒の情景に合わせて誂えられた黒塗りのテーブルに、色とりどりのフルーツやカナッペ、串に刺したピンチョスが華やかに彩られた立食パーティであった。

 来賓客達は、いつ・どこで・何があっても動けるよう、油断無く気を張りながらも、一応の礼儀として料理には手を付けている。

 毒を盛る、などと効率の悪い罠はまずあり得なかったので、誰も食べ物を疑う事はしない。

 カレンもまた、遠慮無くオリーブ・トマト・モッツァレラのピンチョスだとか、フォアグラや茹でエビのカナッペだとか、一杯につき金貨何枚分かわかったものではない貴腐ワインを口に運んでいた。

 それよりも。

 誰もが常に全神経を馳せていた。

 主役席で、常に清らかな微笑みを讃えているシュニィへと。

 改めて見ると、怖気が走るほどに無垢な美貌だった。

 薄ら金色の長いプラチナブロンド、その名の通り雪のように白く不純物の無い肌。絶世の美少女すらも肩身を狭くされる、完全な均整と幼い丸みを残した面立ち。

 色素の薄い彼自身に、みどりの瞳と桜色の口唇、しなやかな身体を包む緋色のローブが色のアクセントを付加している。

 ステレオタイプに形容するなら“天使のような”非人間的な……邪なものが微塵もない、だからこそ冷たく無慈悲な美だった。

 もはや、欠片でも彼に対して何らかの情感を抱く事が烏滸がましい。

 マスカットや、クリーム&ブルーベリーのデザートカナッペをぺろりと平らげるや、シュニィが物言わず立ち上がった。

 聖女(候補者)達に、今日最大の緊張が走った。

 シュニィは口がきけない。

 だから、彼の動きをつぶさに観察して気付かなければならない。

 本日の“メインイベント”の始まる瞬間を。

 ーーデザート食べたのみたよね? じゃあ、わかるよね?

 曇りも濁りもない翠瞳すいとうが、そう語っていた。

 カレンは、参列者の中で最も速く得物エストックを抜き放っていた。

 

 教国側の戦力について。

 正ヒロインのトリシア。

 教国市民出身のザーラ。波打つ刀身で肉を削ぎ落とす、大鎌を装備。

 僻地の寒村出身のロリアン。大型メイスの先端に丸ノコサーキュラー・ソウのような刃物を備えた、殺人ピザカッターを装備。

 カレンに何かとおもねてくる子爵の娘アンジェリカ。糸よりもなお薄く、極限まで細められた不可視の鞭を装備。

 女騎士のジュリエッタ。オーソドックスな特大剣のツヴァイハンダーを装備。

 この中で、カレン以外に正式な聖女として認定されているのは女騎士のジュリエッタのみ。

 事実、彼女は教化のロザリオを取り出して配下を召喚していた。

 現れたのは、武骨な石斧を携えた巨人族の男だった。

 見るからに実直な優等生と言った風貌の女騎士は、復活分のエーテルがシュニィ持ちである事を当て込んで、時間一杯、巨人を実体化させ続ける事だろう。

 ソル・デとレモリアという二柱をカレンが早々にかっさらってしまった関係で、他の聖女(候補者)の進捗は思わしくないもののようだ。

 しかし、カレン自身はこの場で配下を呼ぶつもりは更々無かった。

 ただ。

 薄金色に輝く召喚サインが、テーブルの一つに刻まれている事を誰も気に掛けないのが薄ら寒い所だった。

 それは、カレンの執事・バトラーの召喚サインであった。

 

 シュニィが、動く。

 指輪で装飾された五指を、無造作に来賓客達へ向ける。

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