第20話 旨い話
さて、この蒼き月光の剣。
流石はレモリア由来の魔術ではある。使用に要求される能力自体はそれほど高くない。
今のカレンのレベルでも、魔性のイヤリングで能力を増強すれば、直ちに使えそうだった。
ただし。
スロット負荷的には指輪を3つも占拠してしまう。
今ある指輪を総動員し、水撃ボールと憤怒の聖油をお蔵入りにする意義は……勿論、無い。
世の中、旨い話ばかりでは無いと言う事だ。
「差し出がましいとは思いますが」
バトラーが、手渡しておいた月光剣の聖書を解読しながら言った。
「この魔術の真髄は、水剣そのものよりも“血清法”の方にあるようです。
つまり、パワーソースはレモリアの燐光毒でなくとも良い」
ゲーム的に言えば“状態異常”であれば、燐光毒以外のものでも水剣のエネルギーになると言う事なのだろう。
「覚えておきますわ」
「お嬢様の苦痛が少しでも和らぐ選択肢があればと存じます」
この世界の状態異常は、どれもこれも苛烈なものばかりだ。どれがマシだとかも無いだろう。
やはり、良い性格をしていると言うか、天然でこれなのだろう。
庭園の一角、黒く縁取られた青い羽の……モルフォ蝶の群れが、戯れるように舞っていた。
それを見守るのは……やはり、レモリアだった。
呼び出すものを、蝿から蝶に鞍替えしたらしい。
「君の言う通りだったのかもしれない」
挨拶も、カレンへの一瞥も無く、独白のように彼は呟いた。
「子供の理屈だったのだろう」
彼が手をかざすと、モルフォ蝶達は親しげに降りてきた。
青い羽のものが大半ではあったが……羽の中心がオレンジと金色のグラデーションで彩られた、タイヨウモルフォも時折混ざっていた。
「あの時の言葉、気にしていたのですか」
レモリアは、茫洋とした面持ちをカレンに向けて、
「それなりには、ね」
他人事のように言った。
「けれど、穏やかな気分だよ」
どのような原理なのか、レモリアとは別生物である筈の蝶達は、彼の意のまま、一個の生き物のように渦を巻き、飛び去って行った。
難しい人だと、彼女は思った。
“教化”とは洗脳では無いと、彼女は認識している。
敵味方の立ち位置こそ反転するものの、教化して即、相手と両思いになれる訳ではないからだ。
レモリアとの関係性は、スタートラインに立ったばかりだった。
全てをあるがままに受け入れる。
それは、裏を返せば何も特別視しない事なのかも知れない。
彼を選ばんとするーー選ばれんとする乙女は相当苦労するだろう、と、他人事のように思った。
ソル・デと元墓守のアンドリューもやって来た。
レモリアの姿を見たアンドリューは涙した。
「君だけでも生き延びてくれていて良かったよ」
そうして、レモリアはアンドリューの肩に手を置いた。
部下を、死体になった後も使い潰していた男とは思えない態度だった。
墓守の中でもアンドリューが特別だった、と言う訳ではないだろう。
彼女はそんな、少しだけ意地の悪い事を考えていた。
ソル・デが、身を屈めてレモリアと向き合った。
「また共に戦える事を嬉しく思います」
「今度は、別の光の下で、かい?」
彼も彼で、意地の悪い冗談が好きなようだ。
お互い様と言った所だろう。
さて。
休む暇は無い。
ここからノワールの長城を駆け抜け、エーヴェルハルトの居城を目指さねばならない。
その道中の何処かで、罪なき
シュニィは、単純な力の強さだけで言えばノワール・ブーケ最強の存在だった。城主のエーヴェルハルトでさえも凌駕している。
その事に思いを馳せていると、背後で再びバトラーが実体化した。
「聖女、並びに候補者全員に、招待状が来ております。無論、お嬢様のもとにも」
そうして、預かっていたそれを恭しく渡してきた。
差出人は、シュニィだった。
それは、彼の“お誕生日会”の招待だった。
【親愛なるカレン殿。
この度は
つきましては、黒薔薇館の庭園にて粗餐を催させて頂きますので、是非ともご参加下さい。
なお、死者復活の場も会場に用意して御座います。
復活に必要なエーテルも、全量、私どもで負担させて頂きます。
皆様のご参加を、心よりお待ちしております。
罪なき鏖殺の体現、シュニィ】
シュニィのキャラを思えば、十中八九、代筆だろうが、誰がしたためたのやら。
色々と突っ込みどころに事欠かないが、きりがないので黙殺する。
要するに、ゲーム的に言えば他
それも、来賓客に“万一”があった場合の蘇生費用はシュニィが全額負担してくれ、その場ですぐに生き返る事が出来る。
そうまでして、ようやく同じ土俵に立ち得ると言う事でもあった。
それにしても。
「旨い話、ですわね」
「左様でございますね」
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