第18話 死にゲー的貯蓄テクニックと、前哨戦

 常にソル・デを伴っていれば、道中、ほぼ無敵なのではないか。

 誰もがそう考えるが、残念ながら教化した配下が大聖堂外で実体化するには制約がある。

 具体的には、実体化の維持に大量のエーテルを消費するのだ。

 今のカレンの稼ぎでは、維持出来ても3分程度だろう。しかもそれは、カレン自身の復活分も全て食い潰した場合の最大持続時間である。

 身も蓋もない事を言えば“ゲームバランス”の

為なのだろうが……元々敵国の、それも幹部が自由に教国内外を動き回れては政治的にまずい、だとか、そう言う裏設定があるのか無いのか。

 とにかく、今ある現実が彼女にとっての事実であり、この世界の法に従わねばならない。

 結局、最後は自力で何とかするしかないのだ。

 ただ、エーテルの入手法は敵対者の殺害のみに限らない。

 例えば、時折、凝固して固体化したエーテル塊が手に入る事もある。砕いてやる事で、固まっていたエーテルが元のエネルギー体に戻り、持ち主の保有エーテルに還元される性質を持つ。

 夢の無い例えをするなら、中身入り貯金箱を拾ったようなものだ。

 また、エーテルをアイテムに変換する事で“買う”ように、アイテムをエーテルに分解して“売る”事も出来る。

 例え伝説の剣であっても売値は1000程度にしかならず、換金レート自体は悪いが……錆びに錆びたなまくら剣でも500~1000程度の価値はあるとも言える。

 溜め込んだ不要品を売り払うと、意外と馬鹿にならないエーテル量になるものだ。

 つまり。

 これらを駆使すれば、安全な大聖堂内でまとまったエーテルを得られる。

 彼女はあらかじめ、復活一回分のエーテルを得られるよう、そうした現物の貯蓄をしていた。

 つまり、安全マージンとして残しておくべきエーテルは一回分で済む。それだけ、レモリア戦でソル・デを長く実体化させられる。

 いささか令嬢らしからぬ財テクではあるが、会社員の独り暮らしの経験があってこその発想だった。

 

 燐光の沼地、最奥。

 ソル・デの肩に乗り、再び舞い戻って来た。

 こちらの高度が違うからか、以前よりもレモリアとの距離が近く感じられた。

「待ちかねたよ。……まあ、そんな事だろうとは思ったけどね」

 レモリアは、何の情感も浮かべずにソル・デを一瞥した。

「君は、僕の戦友ソル・デでは無い。同じ思い出を持っただけの、別個体だ」

 話す時間も惜しい。

 ソル・デは既に駆け出していた。

「解り合えるつもりは、元よりありません」

 ソル・デが居る間は、毒沼を気にする必要は無くなった。

 敵だった時に散々思い知らされたように、巨人に満足な量の毒が回るには、常人の何倍も時間を要する。

 そして、墓守の亡者どもは、まるで相手にならなかった。軽く蹴りつけただけで2、3体が纏めて吹き飛んだ。

 なお、レモリアが使役する亡者の数は、前回の倍以上居た。

 ソル・デが居る分、あちらも十二分以上の準備をしてきたのだろう。

 こちらが準備に掛けた時間は、相手にも等しく流れていると言う事だ。

 裏を返せば、ソル・デの実体化時間が終わった時、前回よりも増えた敵の取り巻きが残る、最悪のケースも考えられる。

 ソル・デがレモリアに斬りつけたほうが……と一度は思われたものの、カレンを肩に乗せたままそれが出来る程、彼は器用でも蛮勇でも無い。

 結論。

 ソル・デの仕事は、亡者を殲滅し、レモリアの浮遊魔法を解除。彼を引きずりおろす事だった。

 カレンは、それまでレモリアを食い止める。

 レモリアが、食人蝿の群れをけしかけてきた。

 カレンは中指を立て“憤怒の聖油”を発動。

 琥珀色のそれが滝のように落ちてきて、現れたばかりの蝿をほとんど余さず焼き殺した。

 油は眼下の沼地に着水し、凄まじい音を立てて弾けた。

 ちなみにこの聖油、甘く華やかなアロマの香りを伴うらしいが、彼女には心底どうでもいい蛇足要素フレーバーテキストだった。

 レモリアが聖油から逃れようと下がった隙に、カレンは親指を下に……つまり、ソル・デに向けて突き付けた。

 こまめに体内リセットの魔法で解毒してやる為だ。

 回りが遅いとは言っても、毒が染み込んでいく事に変わりは無いのだから。

 ソル・デが毒で弱れば、作戦の全てが破綻する。

 しかし……。

 それぞれの魔法に対応する指輪を使っているだけで他意は無いのだが、先程から中指を立てたり、親指を下に向けたり、令嬢として少々はしたない姿ではあった。

 とは言え、ある種、ソル・デの肩に釘付けとなっている現状、カレンに出来る事はこれだけだった。

 レモリアは絶え間なく蝿を召喚し、カレンに休む暇を与えない。

 蝿の飛行速度も遅いが、憤怒の聖油も、発動までに若干の遅滞ディレイを伴う。水を油に変質させ、更に沸点まで熱するプロセスの分、術式の構築に手間を取られるのだ。

 日常生活からすれば、ほんのひと呼吸にも満たない誤差の時間だが、戦闘においては、秒未満のタイムロスが大きな差になる。

 カレンは、蝿を迎撃する事で精一杯。

 油がレモリアに届き得る射程ではあるので、牽制にはなるが、全く反撃に転じられない。

 あとは。

 ソル・デが、レイピアで亡者を両断する。

 額から光を放つ、レモリアの浮遊を維持している個体だ。

 振り向きざま、雷速の踏み込みでもう一人の浮遊維持要員を踏み潰しつつ、長大なレイピアで最後の一人をも串刺しにした。

 敵の時に猛威を振るった巨人の速剣は、配下となった今、同じだけ頼れる存在となっていた。

 浮遊魔法を維持できなくなったレモリアは、落下。自らが生み出した蒼い毒沼へと着水した。

 同時に、カレンはソル・デへのエーテル供給を止め、軽やかに飛び降りた。

「最後まで付き従えない事をもどかしく思いますが……御武運を、カレン様」

「ええ。ありがとう」

 一瞥もせず応えたカレンの背後で、ソル・デの膨大な体躯が幻のように消え去って、エーテルの残滓を残した。

 生き残っていた亡者達が、次々に倒れて沈黙した。

 レモリアが、蒼い燐光毒にまみれながら、ゆらりと立ち上がる。

 本番は、ここからだった。

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