第17話 聖なる煮え滾る油
いつの間に、こんな小屋が建てられたのか?
……と、一瞬錯覚してしまいそうになるが、小休止中のソル・デだった。
「ご機嫌よう、ソル・デ」
彼にとっては遥か眼下の小さな生き物である。
声をかけられてようやく気付いたらしく、カレンに目を向けた。
「これはカレン様。おはようございます」
ノーマルサイズの人間社会で暮らすには、なかなか不便な身体ではあるだろう。
「失礼。貴方の肩をお借りしても?」
カレンが最低限の言葉で提案すると、
「喜んで」
的確に察してくれたソル・デが、昇降機のように掌を下ろし、差し出した。
カレンが乗ると、慎重な手付きで緩やかに、肩へと運んだ。
「もう少し乱暴に扱って下さっても構いません事よ」
カレンが、軽々と彼の肩に座って言った。
「お戯れを」
“改心”前の戦いで、この巨人も思い知っている筈だ。
この令嬢には、本来ヒトにあるべき恐怖心が無い事を。
仮に、放り投げるような粗雑さで肩に乗せたとしても、全く咎められないであろう事を。
「自分の一方的な気持ちであります。貴女を、粗雑には扱いたくない」
「あら。素直に喜べば良いのでしょうか」
「半ば本気です。ようやく、真にお仕えすべき方と巡り会えた。絶対に失いたくは無いのです」
聞けば、責任と待遇こそ幹部のそれではあったが、エーヴェルハルトには私的に散々な扱いを受けてきたようだ。
これについては、彼女は一度見ているので知っている。
ソル・デには酷い事をしておきながら、どう言うつもりなのかマイルズには鎧の着脱を世話してやると言う主従逆転も甚だしい振る舞いをする。
単なる暴君であったならまだマシだったが、態度に一貫性が無い。相手によって、玉虫色にキャラを変える。
闇の君主を気取るにしては器が小さく、それを隠しきれていない女々しさが目障りだった。
その能力が途轍もなく強大なだけに、なおさら、そのアンバランスさが鼻につく。
あるいは、それが良いと言う乙女も居るのだろうから、好き嫌いの問題なのかも知れないが。
少なくともカレンは、この世界に生まれるより前から、エーヴェルハルトを毛嫌いしていた。
「
「今や、信じております」
「だから、貴方と永遠を生きる為に、力をお貸し下さい」
手札は揃った。
今度こそ、レモリアと決着をつける時だった。
……と、その前に。
あの後、エーテル稼ぎを兼ねて、白骨山道の残党狩りをしていたら中指の指輪を手に入れていた。
セットする魔法は、もう決まっていた。
“憤怒の聖油”。
広範囲に煮え滾る油を落とす、パウエル派の水質変化魔術である。
白骨山道では、一対多数の状況に苦戦させられたが、これがあれば改善されるだろう。
対レモリアにはさほど影響は無いだろうが、雑魚狩りは格段に安全かつ効率的になる筈だ。
しかし、
「この憤怒の聖油とレモリアの燐光聖杯、本質的には何が違うのでしょうね?」
魔法を指輪にセットしてくれているバトラーに、戯れ半分で訊いてみる。
見た目だけは美しい燐光聖杯と、煮え油をかぶせると言う、いかにも野蛮にして、しかし正道とされるパウエル派聖杯魔術。
この二者の差違について。
「持続時間で圧倒的に勝る燐光聖杯、瞬間的な殺傷力で勝る聖油……と言いたい所ですが、お嬢様が望む解答ではないのでしょうね」
本当に良い性格をしていると思うが、素でこうなのだろう。
ヒトとサタン。
そもそも生物として根幹から違う存在同士。
小さき人類が感じられる差違も、彼にとっては感知困難な、微細過ぎる事柄なのだろう。
訊く相手を間違えた。
「お嬢様が其処に在り続けて下さるのであれば……より、その助けとなる聖油の方が、わたくしにとっては価値がある。
有り体に申せばこうなりますが……如何でしょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます