第11話 エラー&エラー
森を抜けて、視界が拓けた。
再び、遠くのグドール山脈と、それに巻き付いたノワール長城を一望出来た。
対して、依然として広がる蒼光に輝く毒沼。
他の聖女候補者に殺されたのか、あちこちで墓守の死体が倒れていた。
その上空、幾メートルかに視線を上げれば、
「無駄だとは思うけど……訊いていいかな」
何らかの魔法的な副次光なのか。レモリアは、淡いエーテルの輝きを纏っている。
「闇が悪で、光が正義。その根拠は、どこにあるのか」
柔らかく、穏やかな声音だった。
ローブのフードを外している今、その顔も露となっている。
イメージ通りと言うべきか。夜闇を吸ったような、サラサラの黒髪だった。
適切にコーディネートすれば凡百の女よりもよほど男性を魅了出来そうな、中性的な顔立ちだが、決してなよなよしい面差しではない。
剣呑な……それこそ正気のもとに“邪法”を探究する危険な知性が、柔らかな顔立ちの中にも鋭利さを覗かせているのだろう。
「腐敗や不浄は悪しきもの。毒や虫は忌避されるもの。そんなの、ヒトの主観と都合じゃないのか」
レモリアの声に同意するかのように。
それまで物言わぬ屍であった墓守達が、次々に起き上がった。
蒼光の毒水がヴェールのごとく、彼らの身体を滑り落ちてゆく。
やはり、各々に何かしらの外傷(いずれも致命傷)と思われる痕が刻まれており、肌に血色がない。
薄ら、覚えのある気がする顔もあった。実際、カレンが殺した者かも知れない。
「……レモリア聖下、私達の、身体を、お使いください……レモリア聖下……」
「……子供の理屈ですわね」
蘇った死体の数は、6体。
「悪が悪である根拠を示せなければ、死者を冒涜する権利があるとでもお思いですか」
論じる気は更々無く、カレンは毒に浸されていない浅瀬を跳び移る。
「やはり、訊くだけ無駄だったようだ」
遥か頭上に立つレモリアが、両腕を広げた。
それを合図としたように、カレンの正面に立つ墓守がボウガンを構えた。
この墓守の身体も淡く輝いており、光の筋が頭上のレモリアへと伸びている。
これは、レモリアの空中浮遊を、この墓守が維持している証だった。
よくよく見れば、該当する墓守の額にもエーテルの輝きを帯びた術式の文字が刻まれていた。
脳に直接術式を刻む事で、墓守が本来使えない魔法を無理矢理使わせているのだろう。
これによって、レモリア自体は浮遊の為に魔法を展開する手間が免除され、攻撃に専念出来ると言う寸法だ。
何と惨い事かと、彼女は思う。
同じようにレモリアと光で繋がっている墓守が、あと2体。
その全ての死体を破壊する事で、レモリアを浮かせている術が解ける。
カレンがレモリアを間合いに入れるには、それしか手立てが無い。
水撃ボールは、まず当たらないだろう。
ボウガンの操作を淀み無く出来るだけ、非常に精密な術で動いているのだろうが、やはり生前ほどの生彩が無い。
発射されたボルトを、カレンは小盾で受け止めた。流石に、こんな小さな盾では衝撃を殺し切れず、腕が大きく弾かれた。
構わず、カレンは次の矢を装填しようとする墓守の首を、一太刀ではねた。
あと2体。
しかし。
レモリアも、ただ傍観しているわけではない。
彼が命じると、虚空に真っ黒な闇が生じた。
離宮でも見せられた、食人蝿の大群だ。
それが、明確な意思を持ってカレンへと殺到してくる。
カレンは、乏しい足場を跳び移りながら逃げるが、蝿の群れは執拗に追い掛けてくる。
水撃ボール等に比べて飛翔体の速度は遅いが、生き物であるがゆえに、どこまでも追い掛けてくる。
毒沼を避けねばならないカレンが捕まるのに、時間はかからなかった。
令嬢の全身に、泥のような厚みの大群がたかる。
無数の刃物で滅多刺しにされたに等しい威力で、全身の肉が穿たれ、血が夥しく噴き出す。
カレンは、毒沼の中へ転がり、全身をそれに浸した。
毒を浴びた蝿はたちまち死に絶え、カレンの足元で細かく黒い屍を積み上げて行った。
引き換えに、カレンの方も全身の傷口から毒水が容赦なく染み込んでゆく。
紅い鮮血と蒼い水。二色の色に塗れたカレンが、賢者の石に触れた。
【賢者の石:2/3】
しかし、残る墓守が、既にカレンの周囲を取り囲んでいた。
槍で脇腹を抉られる。
剣で大腿を刺し貫かれる。
逃れようと跳び退いた先でボウガンに腹を撃たれる。
既に生命の無い墓守が、毒で弱る事はない。
行動可能範囲に差がありすぎた。
【賢者の石:1/3】
一度は制覇した
彼女は既に悟っていた。
ジリ貧である、と。
賢者の石を、これだけ湯水のごとく使わされている時点で勝敗は決している。
フィクションでもあるまいに、ここからの逆転などあり得ない事も。
墓守の一人が、バネ仕掛けのような瞬発力で飛び掛かり、カレンを羽交い締めにした。
振りほどこうにも、カレンの貧弱な筋力では、亡者はびくともしない。
そうしている内に、槍をもった別の墓守が、同僚もろともカレンを刺し貫いた。
羽交い締めにされていた力が、ふと緩んだ。
カレンは墓守を振り払い、蹴り飛ばし、辛くも逃れる。
【賢者の石:0/3】
毒が完全に回りつつあった。
足がまともに動かない。
そうしている間にも、墓守の亡者どもが各々の得物を手に襲い掛かってくる。
カレンはどうにか、凶器の間隙を縫って逃れようとするが、
「残念だよ」
穏やかな声で、告げられる。
次瞬、新たに召喚された食人蝿の塊が、カレン目掛けて殺到してきた。
情景が、真っ黒に染まる。
もはや避ける事も叶わず、カレンの全身は蝿に喰われてゆく。
前のめりに倒れ、蒼く輝く池の中に伏した。
カレンは死んだ。
「君のことも亡者にできるものなら、あるいは僕の気持ちを理解してもらえたかもしれないけれど」
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