第10話 死にゲーの風物詩・毒沼地帯
様々な形状の枝葉のドームが太陽の光を遮り、常夜の闇に閉ざされた森。
柔らかい葉、細く尖った葉、鳥の羽のような葉……太陽は届かず真っ黒ながらも、木々が持つひとつひとつの輪郭ははっきりと見て取れる。
蒼く輝く広大な沼が光源となり、このモノクロの情景を
水底に無数のLEDを敷き詰めたような、不自然な煌めき。言うまでもなく、水質を変化させた毒水だ。
いち個人の行使した魔法と言うには、法外な規模であったものだ。
これもまた、暗黒司祭レモリアの仕業であった。
彼は、たった一代・たった一人で、ここの地名を“燐光の沼地”と言うものに変えてしまったのだ。
水深は、深くても膝上程度。
しかし、足を踏み入れれば、たちまち皮膚からそれが浸透する。
筋肉や神経が冒され、水の抵抗も相まって、足取りが非常に重くなるので、駆け抜ける事も出来ない。
この魔法毒、即効性は無いが、だからこそ自覚症状が出た頃には手遅れになる場合が多かった。
この沼地を行く者が対処しなければならないのは、毒だけではないからだ。
木陰が揺らめいた。
弦が跳ねる音。木質的な打音。
風切り音を伴い、何らかの弾丸がカレンの側をすれ違う。
正体はすぐに知れた。
真っ黒なフード付きローブで全身を覆い隠し、ボウガンを手にした男。
“墓守”と呼ばれる、レモリア配下の私兵だった。
ボウガンの矢面に曝されるのも慣れたものなので、反応自体は容易だが……やはり、飛び石くらいしかない狭い足場に気を配りながらでは、なかなか事がうまく運ばない。
左肩をボウガンの
カレンはやむを得ず毒沼に着水し、一気に墓守との距離を詰めた。脚の焼け爛れる音は無視して。
照準が合わないまま虚空を撃ち、慌てて副武装の槍を構えようとした墓守を、エストックで心臓をひと刺し。
ヨーグルトにスプーンを刺すように、刀身が滑らかに飲み込まれて行った。
やはり+3は切れ味がまるで違った。肋骨を避ける必要すら無かった。
墓守は両膝をついて、くずおれる。
カレンは、血染めになった左手を気にする風もなく、手早く教化のロザリオを取り出した。カレンの手から、数珠から、十字架へと伝った血液の珠が、ぽたりぽたりと零れてゆく。
それらしい絵だ、と彼女は思った。
もっとも、ロザリオに血を垂らす必要性はどこにもないが。
死にゆく墓守にロザリオをかざしてやると、彼の身体が一度だけびくりと跳ね、瞬時にエーテルの白金光を残して消失した。
執事のバトラーがカレンの前から去った時のように。
これで墓守の“アンドリュー”は改心し、教国民として生まれ変わった。
後でカレンが実体化させてやれば、忠誠を誓ってくれる事だろう。
時間が空いたら会いに行こうと思った。
しかし。
【賢者の石:2/3】
たった一人と戦っただけで、この消耗である。
先が思いやられる事だった。
古今、あらゆる死にゲーで必ずと言って良いほど用意されているのが、この毒沼ゾーンだ。
元祖ソウルシリーズにおいてもユーザーからは総すかんを食らう程に不評な要素だったのだが、毎シリーズ、執拗に実装され続けていた。
そして、そんな嫌がらせとしか思えない毒沼ゾーンもまた、
当然、今の彼女にとっては迷惑極まりない話である。
綺麗な蒼に輝いていようが、毒沼は毒沼だ。
だから、離宮で真っ先にレモリアを殺そうと思っていたのだ。
壁の黒ずんだ粗末な小屋があった。
中では、やはり黒いローブを着こんだ男が。
ただし、項垂れるようにして事切れていた。
その全身は、沼のものと同じ……蒼く昏く輝く毒水で、あちこち
殺されたのか、殉教したのか。
小屋の奥には祭壇があり、一冊の厚い本が置かれていた。
それは聖書だった。
言い換えれば、魔法の指輪に込めるべき
表題は“レモリアの燐光聖杯”。
燐光の沼地を創った大儀式ほどのスケールではないが、毒そのものの原理は同じだ。
パウエル派聖水魔術の水質変化を基礎としており、故に同学派を冒涜した異端の偽聖書として、大半が焼き払われたものだ。
道を誤らねば、レモリアは新たな学派の一つとして認められたであろうに。
実務的なスペックについて。
意外と小容量であり、指輪は一つで良い。
ただ、レモリアと言う、元の術者が術者であるため、それなり以上の魔性と神性を両方要求される。
今のカレンでは、魔性はともかく要求神性に対しては何らかのテコ入れを要する。
基本的には毒水の放水を行うが、霧状に噴霧する事で「場に設置して使う」事も可能である。
ただし、毒水は生物の体内で分解されない限り(つまり外にあり続ける限り)残留し続け、放水モードにしろ噴霧モードにしろ、長期に渡ってその場を汚染し続ける事に注意が必要だ。
聖書の裏表紙には、赤茶色けたものでこう書かれていた。
“レモリア聖下に勝利を!
【賢者の石:0/3】
半身が毒水に濡れ、あちこちに刺し傷や裂傷を負いながら。
満身創痍のカレンは、パワースポットの次元亀裂を発見した。
これで賢者の石を補給できる。
行き倒れる寸前で、どうにか命脈は繋がったらしい。
輝く池はまだまだ遠くまで広がっているが、森は忽然と途切れていた。
視界が良く、けれど毒沼の責め苦は続く……いかにも暗黒司祭が待ち構えていそうな場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます