第12話 挫折

 何度挑み、何度殺されたのか。

 とうに、数える事をやめていた。

「健気なことだね」

 一太刀を浴びせる事はおろか、一度として宙から引きずり降ろす事すら出来ていない。

「君では、どう頑張っても僕に指一本触れられない。いい加減、理解しているはずだろう?」

 毒沼で弱った所へ、亡者どもが殺到してくる。

 頭上から、レモリアが悠々と魔法を撃ってくる。

 もはや“必敗パターン”が確立されていた。

「でも、一周回って、君に興味がわいてきたよ。嫌味ではなく、ね」

 蝿の群れが、カレンを襲う。

「次もまた、会いに来てくれるかな? その、高慢な仮面と矛盾した、ひた向きな姿は嫌いじゃないよ」

 ベッドで囁くような、優しい声だった。

 カレンは死んだ。

 

 レモリアの言う通りだ。

 取り巻きの墓守を速やかに叩き潰す筋力が無い。

 リンチにも等しい集中攻撃に耐える、タフネスが無い。満足に逃げ回る持久力が無い。

 レモリア本体に届く魔力が無い。

 治癒魔法や解毒魔法による、継戦能力が無い。

 素性選択時のヘルプメッセージにあった通りだ。

 この悪役令嬢の身には、生まれもったものが何も無い。

 世の中には、無装備のレベル1悪役令嬢でクリアした強者も居たらしいが、今の彼女にとっては別世界の話だ。

 勝算は、万に一つもない。


 復活分のエーテルが心許なくなってきた。

 現在のカレンが蘇るのに必要な量は1800に対し、保有量は4100……つまり、このままでは、あと2回しか死ねない。

 何しろ魂の完全消滅が懸かっているのである。安全マージンは十二分以上に取るのが、教国での常識となっていた。

 2回と言うのは、事実上の最低ラインである。

 奇襲や不測の事故、と言う死因もあり得るからだ。

 故に。

 殺されたらまずやるべき事は、“雑魚狩り”だ。

 ほぼ確実に勝てる相手を襲い、地道にエーテルを貯蓄していくのだ。

 エーテル不足による完全死の存在は、スリルがある一方で、こうした稼ぎを強制されてテンポが悪いと言う不評も多かった。

 

 二人組ツーマンセルの墓守を見付けた。

 気配を消し、首尾良く片割れの背後に忍び込む事が出来た。

 背後からの致命打バックスタブのチャンス。

 カレンは墓守の背中から心臓を、エストックで貫いた。

「ーーが、!?」

 細剣を引き抜くと、犠牲者を蹴り飛ばして、その相方にぶつけてやる。

 突然、倒れ込んできた相方を抱き止める墓守その2だが。

 カレンは容赦なく、二人まとめて首を刺し貫いた。

 二人の墓守から同時に放出したエーテルが反応し合い、ひときわ強く輝いた。

 一人ずつ殺るよりも増幅したエーテルが、無事にカレンの身体へ吸われていき、

 

 風切り音。

 カレンの胸に、ボウガンのボルトが突き刺さって、血が弾けた。

 

 続けて背中を、首筋を、肩を、脚を、立て続けに撃たれた。

 全方位から、森に潜んでいた墓守の十字砲火を食らったらしい。

 賢者の石に触れる隙もなく、カレンはあえなくその場に倒れ伏した。

 ーー集中力が、切れてきているな。

 カレンは死んだ。

 

 何度目の朝だろうか。

「おはようございます、お嬢様」

 死に戻ってきたカレンを、いつも変わらぬ柔和さで起こしてくれる、彼女だけの執事バトラー

「僭越ながら、一言だけお許しを。

 行き詰まったのであれば、一度、道を変えるのも一つかと」

「ええ。そうするわ」

 気だるそうに答えたカレンは、ベッドから降りた。

 レモリア攻略は、一旦諦めよう。

 そもそも「お目当ての殿方ボスに挑み、恋仲となる事を目指す」のが、闇と光のキセキと言うゲームだった。

 ルート選択は自由である。

 必ずしもレモリアを最初に倒すのが順路では無い。

 他の配下を一切無視して、城主のエーヴェルハルトにいきなり挑むのも自由だった。彼の事が好きな場合は。

(他のボスとて城主を躍起になって護ろうとしているので、それらを出し抜いて彼のもとへ辿り着くだけの度胸と器用な立ち回りが要求されるが)

 最初に、あの過酷なレモリア戦を選んだ理由は、マイルズに自分の事を認識してもらう為だった。

 今のところ、カレンの事など離宮で不覚をとった相手程度にしか見られていないだろう。

 顔を覚えてもらえないのでは、恋愛も何も無い。“フラグ”が立たない。

 だから、彼の親友であるレモリアを最速で“倒そう”としたのだ。

 とは言え、勝てない戦いを延々続けていては却って遠回りになる。

 ……無駄にレモリアの好感度が上がってはいるが。

 また、戦いにくい毒沼ゾーンでは、エーテル確保の雑魚狩りすら骨が折れる。

 そんなわけで、方針を変える事にした。

「ソル・デの居る“白骨山道”を攻めますわ」

 

 取り敢えず、白骨山道のふもとで雑魚をジェノサイドし、エーテルをしこたま溜め込んだ。

 そして大聖堂に戻って、色々とアイテムの実体化かいものだ。

 最初に買ったのは、イヤリングが二つ。

 この世界では、様々な付帯効果のイヤリングが存在する。

 つまり、耳の数=二ヶ所だけ、能力の拡張が出来るのである。

 基本的なものでは、筋力や魔性を高めるイヤリングなどがある。

 実際、カレンが買ったのは神性のイヤリングだった。ゲームのステータスにして5ポイント相当の神性が、これで高められる。

 これにより“体内リセットの儀式”……つまり解毒魔法を使うだけの神性が確保出来たので、聖書を買って左親指の指輪に記録してもらった。

 これを最初から導入しておけば、燐光の沼地で毒に悩まされる事は無かったのでは? と思われるかも知れないが、現実には乱戦時に解毒魔法の儀式を行う隙は無い。

 また、沼に入水せざるを得ない状況、そのものを何とかしなければ、消しても消しても容赦なく毒に冒されるだけだ。

 

 次に、礼拝堂で未だにサボっている青ニートこと、トリシアにビンタ。

 活を入れた後、先ほど買った物を色々と手渡した。

 勿論、遠慮されたので、身分を笠に着て無理矢理受け取らせた。

 それなりに高価なイヤリングが、トリシアの片耳をかざる事となった。アメジストをあしらった、オトナなデザインだ。

 同僚にここまでテコ入れされては、トリシアとしてもこれ以上ニートで居続ける事も出来まい。

「私はソル・デを討ちに行きますわ」

 それだけを言い残して、カレンは礼拝堂を出た。

 

 元レモリア配下のアンドリューは、大聖堂の庭師として就職出来たようだ。

「ご機嫌よう、アンディ」

 陰気なローブを脱ぐと、意外と童顔、かつ逞しい体つきだった。

 カレンが挨拶をすると、その顔がパッと晴れた。

「カレン様のお陰で、こうして陽の当たる場所に出る事ができました。本当に、感謝しております」

 彼はすっかり改心していた。

 もう、邪悪なる暗黒教の手先などではない。

 平凡だけれど善良な庭師に生まれ変わったその姿は、とても幸せそうだと思った。

 ただ、

「レモリア聖……彼の事も、どうかお救いください。

 邪法に手を染めたのにも理由があって、普段は優しい人なのです」

 殺し合いに持ち込むには、あまりに甘い懇願ではあった。

 その戦場から外れて平和な生活を手に入れた者が、簡単に言ってくれるものである。

 ただ彼とて、それくらい厚かましい願いであることはわかっているのだろう。

 それでもなお、乞わずには居られない程に。

 部下で無くなった今でも、アンドリューはレモリアを案じている。

「人望がおありなのですね」

 カレンが、穏やかな笑みを浮かべた。

「善処はします」

 その言葉に過不足も、嘘偽りも無い。

 それに。

 すがり付くように頼る、つぶらな眼差しに胸がキュンとしたのも事実だった。

 記念すべき逆ハーレム第一号の願いでもあるから、邪険に出来るはずはなかった。

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