第7話 (物理的に)あたしだけの執事
「お目覚めの時間です、お嬢様」
新たに生成された身体に、一番に入ってきた情報。
それは、穏やかな老紳士の声だった。
白亜と象牙色を基調とした贅を尽くした大聖堂の情景が、朝の漏れ日と共に目に入ってきた。
カレンは、寝かせられていたベッドの上で上体を起こした。
「おはようございます、カレンお嬢様」
側に控えた男が、タイミングを計ったかのように言った。
燕尾服姿の、絵に描いたような執事だ。
颯然にして静謐な居ずまい。
綺麗な老い方をした、模範的な老紳士が、
「初の死亡、誠におめでとうございます」
そんな事をしれっと言って来た。
「貴方は」
一応、訊いておく。
本当は知っているのだけれど。
「
安直な偽名を告げられた。
それを飲み込んだカレンの視線は、次にバトラーの左腕……がある筈の部分に向けられた。
服の袖が、そこだけだらりと下がっている。左腕が無い。
そして、あのエーテルの白金光が、彼の腕があった筈の空間で僅かに煌めいていた。
「ああ、これですか? 貴女の復活に必要なエーテルが足りなかったので、私の腕で補わせて頂きました」
それも、既に知っている。
この世界の“デス・ペナルティ”についての事だ。
「教国民の蘇生には、その魂の強さに応じた量のエーテルを消費します。
死亡した際に保有していたエーテルが、復活のために必要な量に満たなかった場合……魂は消滅し、二度と生き返る事はかないません」
つまり、不老ではあるが、完全なる不死でも無いと言う事だ。
ソウルシリーズから端を発したこれまでの死にゲーでは「一度死ねばその場にソウル(この世界で言う所のエーテル)を落とし、それを取り戻す前にもう一度死ねば落としたポイントが全て失われる」程度のペナルティであった。
しかし、彼女にとっては、これが今ある現実だ。
世界のルールに従うしかない。
「今回は私の腕一本で替えが利きましたが……次はありません。くれぐれも、お気をつけ下さい」
この世界では、常に復活分のエーテルを確保しながら行動するのが絶対的な鉄則だった。
ゲームのメタ的な話をするなら、先の“負けイベント”についてはペナルティを免除しなければならない事情から、バトラーの腕が使われた(初回無料だった)と言う事なのだろう。
また、バトラーは何も、自分の右腕を惜しんでいるわけではない。
復活に必要なエーテルの量は、その者の強さに比例する……つまり、カレンのレベルが上がって強くなる程に、蘇生に必要なエーテル量も跳ね上がるのだ。
早晩、バトラーの腕一本程度のエーテル量では賄えなくなる。
それに、
「エーテルをお嬢様の力に変換するにも、片腕は必要でございますから」
これも一応、知らない体で説明を聞いておく。
要するにバトラーの言う“お世話”とは、カレンが持っているエーテルを使って、彼女の
カレンはベッドから降りて、バトラーの眼前に立った。
「早速、お試しになられますか」
「お願い」
「かしこまりました」
バトラーはカレンの前に跪くと、残された右手で彼女の手を取る。
接触した手から手へ、カレンの体内にあったエーテルがバトラーへと流れてゆく。離宮で奴隷戦士から奪った、なけなしのエーテルだ。
それが色の濃さを増して、カレンに戻ってきた。
彼女は望む。
自分の能力……“魔性”があと1ポイント高かったのだと、現実が改変される事を。
体感的にはわかりづらいが、彼女にまつわる摂理が書き換えられた。
この世界において、自身の強化とはこの繰り返しであった。
「今後とも、宜しくお願いいたします」
バトラーは、恭しく頭を垂れた。
「ええ。こちらこそ」
彼女は、当然のようにそう返した。
不意にエーテルの輝きを灯すと、バトラーは忽然とその場から消え去った。
自らをエーテルに分解してカレンの側にかしずいているのか、別の場所へと去ったのか。
さて。
情報を出し惜しみする意味もないのでネタバレをしよう。
教国の“大エーテル降臨”に端を発した陰謀全ての黒幕は、このバトラーだ。
その正体は、あのサタンである。
悪魔王の代名詞。
神に敵対する者。
イヴを
その言われようは様々である。
知名度を言えば、世界で最も有名な人(?)の一人だろう。
なお、一週目に迎えたエンドは、この執事とのものだった。
右も左もわからぬ序盤。その心細い時期。
自分の腕を犠牲にしてまで助けてくれ、尽くしてくれるオジサマの姿に、少しもときめかなかったと言えば嘘になる。
今にして思えば、腕くらい容易に再生出来るだろうに、これ見よがしに隻腕のままでカレンと接しているのが白々しい。
前回、マイルズのフラグが折れたのも、バトラーのせいだったのかも知れない。
斬り付ける事自体は出来るが、だからと言ってそれで大エーテルの件もマイルズとの恋も解決するわけでもない。
よしんば戦闘力で勝てたとしても、無限に蘇生して、元の場所に立っているのだ。
完全に滅ぼす事が不可能であるばかりか、痛痒すら見せず、そ知らぬ顔で奉仕を続けてくれる。
とにかく、今回は関係の無い話。
所詮は別世界線と言う過去の男である。
今度は浮気しないぞ。
切り替えていこう、と彼女は気持ちを新たにした。
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