第6話 初死に
中庭に出た。
太陽が去った黒塗りの夜空を、淡い月光と大エーテルの白金光が照らしている。
明るくも暗い、暗くも明るい。
条理から外れた情景の中、一陣の風がカレンを撫でた。
どうやってここまで入り込んだのか。
それを問うのはこの場合、野暮だと言うことを彼女は知っていた。
ただ。
ーー驚いた。
問題は、彼女の前に立ちはだかる相手の人数にあった。
首から下をフルプレートの甲冑で包み込んだ、漆黒の騎兵。
肝心の頭が剥き出しなのは“配慮”なのだろう。兜をかぶっていては、顔がわからないからだ。
儀礼的な刺繍のされた、灰色のフードとローブを纏った、ほっそりとした男。
ちょっとした建物ほどの体躯を持つ、ラテン系イケメンと言った趣の巨人族。小脇に抱えているのはバリスタなる“装置”だ。本来なら攻城戦で使う固定砲台である。
鮮やかな赤を基調としたローブに華奢な身体を包み込んだ、長いプラチナブロンドの、
大いなる
罪無き
ノワール・ブーケ“城主”の
メタ的に言えば“攻略対象”の大ボスが、城主を除いて全員この場に現れるとは。
“一週目”でこの場に現れたのは、マイルズ一人だった。
それだけでも、ビギナーには万に一つの勝ち目も無い相手だ。
あまつさえ、そんなマイルズと肩を並べる敵幹部が勢揃いで出迎えて来た。
彼女とて、攻略wikiの隅々までを読んでいたわけではない。
つまりゲームの全容を把握していたわけではないが……やはり素性に悪役令嬢を選んだから、展開が変わったのかも知れない。
もしくは、“二週目”である事が何らかの影響を与えたのか。
しかし。
「やっぱり、マイルズ様はいいなぁ……」
彼女は声もなく、唇でその言葉をなぞった。
これだけ離れていても柔らかさの見て取れる、栗色の髪。あれを撫でる事が出来るなら、どんなに幸せだろう。
繊細さと精悍さ。
生真面目さと憂い。
その面差しには、色の異なる美しさが矛盾無く同居していた。
まるで、大エーテルの明るさと闇の暗さを同時に持った、この夜空のように。
さて。
いつまでも見とれている訳にはいかなかった。
この時点で、彼らがカレンに言葉をかける事は一切無い。
速やかに“未来の禍根”を断つべく、各々に歩を進めて来た。
ーー勝率はゼロ。
見れば、庭園の周囲を、固体じみた靄が覆っていた。
実際、城壁よりも強度のある擬似障壁……“ボス戦”ではほぼ必ず展開される、逃走防止の結界だった。
カレンは、まず、ここで死ぬしかない。
俗に言う、負けイベントと言うものだ。
一方、大エーテルの加護を受けていない彼等が死ねば、二度と生き返る事はない。
ならば。
ここで一人でも道連れにして、後の攻略を楽にする。
彼女は即座に判断を下した。
ーー狙うは、暗黒司祭レモリア。
この男は後に、厄介な地形でぶつかる事となる。
そのホームから出てきた今、苦戦の芽を摘む好機だった。
カレンは走り出した。
ソル・デがバリスタを発射した。
背後に鉄柱のような大矢が突き立てられ、石畳を粉砕する。
彼女の足跡をなぞるように、矢の柱が次々に突き立てられてゆく。立ち止まって考える隙を与えない為に、追いたてているつもりなのだろう。
すらりとした、いかにもフィジカルの弱そうな、レモリアの細身目掛けて、エストックを振りかざす。
黒い颶風が、カレンとレモリアの脇を旋回した。
馬上から払われたマイルズの
続けて放たれた突きは横に退避し、マイルズの腕が伸びきった隙に間合いを離した。
マイルズとレモリアは親友の間柄で、息の合った前衛後衛コンビでもある。
想定の範囲内。
親友を護る彼の姿にときめくものを感じるけれど、今は自分の心配が第一。
マイルズの馬が棹立ちとなり、カレンを踏み潰そうとしてくる。
だからカレンは、左手をかざし、水撃ボールの飛沫を弾けさせた。
ほぼゼロ距離からの水弾で顔面をまともに打たれた馬は横倒しになって地面を叩き、その主であるマイルズも落馬し、鈍重な音と共に叩き付けられた。
こうした騎兵を相手取るなら、馬を狙うに限る。
大抵は主人より馬の方が弱いからだ。
流石の涅色の騎士その人も、このいかにもひ弱な令嬢が、そんな判断を下せるとは思っていなかったらしい。
ーー“致命の一撃”のチャンス。
その油断が払拭されるより早く、カレンはマイルズを踏みつけると、逆手に持ち変えたエストックで彼を滅多刺しにしだした。
全ての凶刃が鎧の隙間を巧みに抜けて、美丈夫の五体を刺し、鮮血を弾けさせる。
瞬間、カレンの周囲が夜闇よりなお濃い、黒に染まった。
耳障りな羽音が、無数。
レモリアが召喚した、食人蝿の群れだ。
地面に伏したマイルズからあっさり離れると、カレンは殺到する蝿の群れから飛び退いて逃れる。
今回の“攻略”目標はマイルズである。
生け捕りにする手段がまだ無い今、殺すつもりは元より無い。
改めて、蝿の操作に集中しているレモリア目掛け、カレンが襲い掛かーー膨大で透明な奔流が、放物線を描いてレモリアもろともカレンに襲い掛かった。
カレンもレモリアも辛うじて直撃は躱したものの、余波に足を取られて強かに全身を打ち付けられた。
何本もの生木が、繊維質な破砕音を立てて次々へし折れる。
その向こうでは、シュニィが指輪に装飾された五本指を誇示していた。
ピエトロの城砕き。
その名の通り、学派の開祖ピエトロが、水の奔流に真理を見た末に編み出した秘奥義だ。
それを、何でもない事のように。
怖気が走るほどに美しく、純朴な顔立ちの少年は、同じ事を軽々と繰り返す。
今度こそ、鉄砲水がカレンの全身をまともに叩き潰した。
着水地点ごと全身の骨が砕ける音、肉の潰れる音。
そして、シュニィがケタケタと屈託無く笑う声を聴きながら、カレンの情景は次第に薄れていく。
ーーまあ、まともに対抗出来るはずはない。
YOU DIED
カレンは死んだ。
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