第66話 それは俺のためではない!!

 翌日。アランとテオも鉄工所の立てこもりを解散させ、合流した。中央での王の交代劇を伝えて、クレマン達がやってこないとわかると、比較的穏便に済んでしまったらしい。所詮労働者は懐に入る金が大事なのだ。

 リラはしばらくホテルに滞在してもらった。城はごたついていたので適当ではなく、辺境伯の葬儀で人手も足りない。

 レフィが右腕を吊ったまま彼女をご両親の元まで届けたのは、王の暗殺の夜から十日ほど経ってからだった。


 レフィはともかく、隊服に身を包んだエルチェを見た周囲の反応は、概ね予想通りと言えた。珍獣のように遠巻きに見られるのは――何故か身分を知らせていたはずの女中頭まで――少々居心地悪いのだが、長居するわけでもないので仕方がない。

 ヴォワザン滞在中に見慣れたのであろうリラが普通に接してくれるのが、エルチェにとって慰めだった。


「またしばらく会えないのね」


 しょんぼりと肩を落とす様子に、エルチェはうっかりこの先の予定を漏らすところだった。慌てて自分の口を塞ぐ様子を、リラは不思議そうに見上げる。

 プロポーズの機会を奪ったら、殴られるくらいじゃ済まない。まさにその段取りの話をロドルフとレフィは二人でしているはずだった。


「……葬儀であちらの引継ぎなどもこれからですので……でも、少しの間ですよ。舞踏会ではレフィ様がお相手するでしょう」

「えっ……そう? そうかしら」


 頬染めて嬉しそうに笑うリラに、エルチェも頷いた。

 他の人間に任せるわけがない。

 肩書きがどうなっているのか、その違いくらいしかないはずだ。

 レフィがリラにはっきりと告げていないのには訳がある。もちろん、父親の葬儀のこともあったけれど、そのために彼の立ち位置がなかなか決まらないのだ。これから領に帰って協議することになる。


 ロドルフの陞爵しょうしゃくは決まっているが、最初の「入り婿で」という話は白紙になってしまっていた。

 ヴォワザン側からも中央の官吏に一席用意してもらっている。レフィの予定では、父に行ってもらい、ヴォワザンはイアサントに任せるはずだった。

 ロドルフにしてみれば、どちらにしても損はないので水面下の婚約は継続中だが、背景が決まらないままのプロポーズではレフィの気持ちが収まらないらしい。気持ちは解るので、エルチェははたから見守るだけだ。

 頬に手を当ててにこにこしていたリラが、ふと気づいたように、もう一度エルチェを見上げた。


「……エルチェも踊るの?」


 純粋な疑問に、エルチェは思わずたじろぐ。


「……踊れますが、だいたい相手がいないので……」

「そうなの? 奥さんは? あ、レフィがこき使うからそんな暇ないのね? わかるわ。もう、本当にひどい人!」


 リラはなんだか勝手に納得している。乾いた笑いを漏らせば、彼女は「そうだ」と目を輝かせた。


「エルチェも一曲踊りましょう! せっかくですもの! 大きな場で踊る機会があれば、きっと出会いも増えてよ?」

「いえ、あの、たぶん、そういうことでは……」


 見た目の段階で拒否されていると判るので、場の大小ではない。というか、あまり大きな場にはエルチェも出たくない。「お気遣いなく」と続けた言葉は、ロドルフの部屋から戻ってきたレフィに気付いたリラには届かなかった。



 *



 城に帰れば、重鎮が頭を突き合わせていた。レフィの姿を見て、少し場が緩む。話の方向性が決まったのだなと、エルチェにもわかった。


「レフィ、みんなの意見を纏めてみたんだけど、一応君の了承もくれないかな」


 自分のいない間に話が進んだ様子に、レフィはわずかに顔をしかめたけれど、辺境伯代理はイアサントだ。黙って頷いた。


「とりあえず中央に行くのは父さんの騎士と側近から数人と、ドナシアン、テオフィル。中央で活動したことがある者中心に揃えた。残りは様子を見ながら増減しよう。現宰相、ベルナール、ブノワはこちらで引き続き仕事をしてもらう。問題あるかな?」

「いいえ。妥当だと思います」


 中央での配置を思い浮かべたのか、少し視線が遠くなったレフィに、イアサントは笑みを深めた。


「では、よろしく頼むよ」

「はい……って?」


 立ち上がり、ややうわの空で返事をしたレフィの肩を押して、イアサントは自分の座っていた場所にレフィを座らせた。


「うん。いい返事だね。領は任せたよ」

「…………は?!」


 勢いで立ち上がったレフィを周囲の大人たちは生温かい目で見守っている。


「どうして……兄さんが辺境伯代理でやってたじゃないか! そのままスライドするのが普通だろう!?」

「それも考えたんだけどね。レフィの気性だと、敵ばかり増えそうだから。君の利はあくまで領のため、という体裁にした方が内外共に収まりやすいかなって。実際剣を合わせてる隣国だってさ、自国の王を手にかけてまで戦争反対を訴えた君がここに居る方が武器を引っ込めやすいだろう?」


 言葉を失って、レフィは呆けたようにイアサントを見ていた。


「向こうにいても助言は出来るし、たぶん、僕はそんなに苦労しないよ。無鉄砲な弟を持っていることを、充分に利用させてもらうしね」


 口元に指を当てながら片目をつぶったイアサントは、「それに」と続けた。


「そうすれば、君の後押しに強力な人物もいるしね。彼の一族は、こちらにいる方がいいんじゃないかな」


 苦笑交じりに紹介されても、いっそ誇らしげにレフィの横に進み出て、マラブル卿は跪いた。レフィはやや迷惑げに眉を寄せたものの、思い直したのか、頭をひとつ振ると気持ちを切り替えたようだった。


「……人事は、私ができる、ということですね?」

「組織が大きくなると、あまり勝手は出来ないよ」


 イアサントの忠告に、レフィは口の端を上げる。


「ひとつだけ聞いてもらえれば、あとは慣れた人に任せますよ」


 ひとつ、と聞いて全員が同じ人物を見た。

 入り口近くで黙って成り行きを見守っている人物だ。


「エルチェが私の専属だ。傍に控えさせるのに必要なら、男爵位でも子爵位でもくれてやる」


 言い放たれた言葉に、エルチェだけが青褪めた。

 辺境伯はその領地の広さから、確かに伯爵までの爵位を授ける権限を持っている、けれど。


「誰か止めろよ!!」


 無礼だと窘める声もなく、小さな笑い声が部屋を埋める。

 イアサントが肩をすくめて微笑んだ。


「その程度で領や果ては国の安寧が確約できるなら、君には諦めてもらうしかないな。なぁに、功績は充分だよ。領主の婚約者を守り抜いたんだろう? せいぜい暴走気味な弟のストッパーとして頑張ってくれたまえ」


 冗談だと思いたい。

 エルチェは頭を抱えて、この先、権力を持った幼馴染を拳以外で止める方法があるのか、真剣に考え始めるのだった。




 * Fin *

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