Marquis

第62話 これからのために

 走り書きを人に託した後、レフィは深く息を吐いた。

 リラの従兄クレマンや推進派の他のメンバーも数人、中央から離れたのを確認して、好機だと動き出す。中央側に動ける人数が少ない方が都合がいい。折しも、次の日、王も国の東側を接する隣国と極秘会談を行いに出るらしい。

 一緒に行くという王弟からの情報だ。ほぼ間違いないだろう。


 王は明け方近くの、まだ暗いうちに宮廷を出る。お忍びらしく、最低限の警備なのを狙うのだ。本人はともかく、つるんでいるという側近は腕も立つらしい。彼を一時的にでも足止めできるかが鍵となりそうだった。

 マラブル卿の中央での子飼いの者を二人連れて、留守番役になる外務担当者を訪ねる体でロドルフと宮廷に出仕する。

 穏健派の彼が置いて行かれるということは、碌でもない会談に違いなかった。


 警備についている兵も、半分は買収済みだった。都会の者は田舎の者より忠誠心は低いようだ。上が誰でも、金が懐に入ればいいという輩も多い。やりやすい反面、簡単に立ち位置を変えられるということでもある。油断はできなかった。

 レフィは袖の中の暗器をそれとなく確認する。兵士の登録のないレフィは表立った武器を持って宮廷に入ることができない。中央に来ることを決めた時から、マラブル卿に教えを受けていたものだ。


 彼は嬉々として参戦すると言ったのだが、生憎彼では顔が知られ過ぎている。エルチェといい、彼といい、頼もしい反面、自分のために簡単に命まで投げ出そうとする人間は心臓に悪い。どうしてそう血の気が多いんだと、レフィは自分のことなど顧みずにそんなことを思っていた。

 師弟や主従とは、似るものなのかもしれない。


 警備の配置と、王がまだ執務室にいることを確認して、その扉の前に立つ。少々訝し気に視線を向けた兵士は、速やかに眠ってもらった。

 レフィはロドルフから短剣を受け取ってノックをする。警戒した応答があってから、、中に入った。

 室内が一瞬にして凍りつく。

 お忍びで夜中ということもあって、室内の護衛は二人。王と王弟、そして幼馴染という側近。人数的にはと言えた。素早くドアを閉め、向かってくる護衛は連れてきた者たちに任せる。

 武器を抜いた側近の前に王弟が割り込んだ。


「こんな夜更けに、何用かな」

「椅子をもらい受けに来ました」

「何を訳のわからないことを……! アンセルム、斬り捨てろ!」


 王弟に指示を出しながら回り込んで前に出ようとする側近に、ロドルフを突き飛ばして、レフィは剣を抜いた王弟に向かっていく。

 横なぎに振るわれた剣をどうにか短剣で受けた風で、レフィは執務机の方へ。短剣を手放し、受け身を取って素早く立ち上がると、そのままうろたえて後退りしている王へ肉薄した。

 王を守ろうと振り向いて背中を向けた側近に、王弟は一太刀浴びせた。驚愕の表情のまま、崩れ落ちた側近に彼はうっすらと笑う。


「貴方のこと、嫌いでした」


 四面楚歌の状況にあたふたする王は、腰を抜かし、成すすべもなくレフィに喉を掻き切られた。

 ぶよぶよと緩んだ体でも、喉には刃が通りやすい。袖に隠せる大きさの暗器でも簡単なものだった。

 あっけないな、とレフィは血だまりに横たわる元王を見下ろす。

 父や兄ではこうはいかないだろうとも思いながら、暗器についた血糊を拭った。


「驚いた。本当に、君は貴族の息子なのかい?」


 王弟ののんきな言葉に、少しだけイラつく。


「我が領はいつでも戦火にまみれてきた。指導者が戦えねば、信は得られない。命令を下すだけのお飾りでは、すぐに首がすげ変わる。領を安定させようと思うなら、当然のこと」


 冷ややかなアイスブルーは、正しく王弟に釘を刺せたようだった。やや身を引きつつ、彼は頷く。


「頼もしいな……」


 元王の家族の処断は王弟に任せた。身の危険を感じるなら、然るべき処置が施されるだろう。

 王の失脚は、予定通り、個人的な欲で戦争を引き起こそうとした愚かな王の粛清という形に収められる。周辺国へ散った協力者たちの現場を押さえつつ、証拠を提示していく形になるだろう。

 まずは現場周辺から離反者の動向も探りつつ情報を開示していく。レフィは側近の握っていた剣を拝借すると、ひとつ息をついて王弟を促した。



 *



 宮廷をあらかた押さえて、王弟をトップとする体制が動き始める。

 二日ほど慌ただしく動き回っていたレフィは仮眠をとっていた。中央は今のところ事務も実務もほぼ影響はない。多少の人員不足は見られるものの、この機に名を売り込もうとする者も多くて、すぐにどうにかなりそうだった。

 国中に触れが回るまではもうしばらくかかるので、各領から届く平定の報せをチェックするのはレフィの仕事になっていた。

 辺境とは言え、自領からの報せがないことに少し焦れていたレフィは、バタバタと騒がしい足音に身を起こす。


「……レフィ様は!」


 飛び込んできた兵士の名指しに、レフィの胸はざわりと騒いだ。


「私だ」


 言って近寄れば、握りしめられて皺のよった書状を突き出された。微かに震える手に、先に身構えておく。開戦の報せだけは避けてほしいところだった。

 開封された書状には、父、ヴォワザン辺境伯の逝去と鉄工所での立てこもりが記されていた。

 レフィの脳裏にヴォワザンへ向かったリラの従兄の顔が浮かぶ。彼にリラの不在が知らされている可能性は大いにある。どこからか、レフィの素性が漏れた可能性も。

 心に差し込んだ冷やりとしたものに、レフィは従った。


「ヴォワザンに戻る」


 短く告げて、彼はその場を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る