第56話 勝手にしやがって

「……十三?」


 ギョッとして二の句が継げなくなったエルチェに、やだな、とレフィは笑う。


「今すぐというわけでもないし、口約束だよ」

「だからって……お前、勝手に……!」


 辺境伯やイアサントに伝えないわけにもいかない。あちらはあちらで何か考えているかもしれないのに。エルチェは心の中で舌打ちをする。

 せっかくの都会のカフェでのコーヒーが、ただただ苦いだけになってしまいそうだった。


「兄さんさえ無事なら、私は多少無茶しても問題ないよ。引き続きよろしく頼むな。幼馴染みクン」

「殴るぞ。クソ。こんな奴の嫁になる方が可哀想だ」

「妬くなよ。幸い、顔立ちも地頭も悪くない。私の顔は好きなのに、頑なに認めないところは可愛いよ。苛めたくなる」

「相変わらず腹立つ言い回しだな……よくそれでやっていけてるな」

「他の人間の前ではもう少し控えめだよ。当たり前だろ? 君に取り繕ってどうするのさ」

「誰が聞いてるのかわからないだろ」

「聞かれていい話しかしてないよ」


 ふっと笑ってコーヒーを飲み干すと、レフィは立ち上がってエルチェを外へと促した。少し歩いて、大きな公園へと入っていく。サッカーボールを蹴り合う親子を眺める位置で芝生に座り込み、エルチェにも座れと手で示した。

 広場の中央寄りのその場所は、木々や植え込みからも離れていて、誰か近づけばすぐにわかる。


「炭鉱の事件があっただろう? あの時、隣国を、というか、盗賊どもを焚きつけたのは、こちらの人間だったらしい」

「じゃあ、お隣さんは本当に何も知らなかったと?」

「一応はね。気付いても止めなかっただろうし、その辺は狡く立ち回ったということじゃないかな」

「それも気に食わねぇな」

「あわよくば、とはいつでも思ってるんだろうさ。ともかく、ごたごたが起きるように立ち回らせたのが、王の側近のひとりらしくて。怪しいけど、証拠はないから誰も表立って指摘できないらしい。王も血の気が多いタイプのようで、若い時から二人で悪だくみするのが常だったそうだよ」

「……つまり、王自体も望んでやってるっていうのか?」


 レフィは頭の後ろで指を組んで、そのまま倒れ込んだ。


「まだそこまで確信はないけど、そんな気がする。欲が、というより、ゲームを楽しんでる感じ。まあ、でも僕らが周囲に応援を求めずになんとかやっているのは、想定外みたいでイラつきも見えるそうだよ」

「なんだよ。お嬢さんの父親はそんなに内情に詳しいのか?」

「彼はそうでもないさ。彼が手伝いに行っている部門に、王弟がたまに顔を出すんだよ。その縁を少し借りて、話す機会を得ただけのことなんだけど。仲が良ければ厄介かなと思ってたけど、表向きはどうあれ、付け入る隙はありそうだった」

「弟……」

「そう。弟同士、仲良く兄の悪口をね。もちろん、少しは褒めるよ?」

「……どこまで本気なんだか」

「向こうもまだ全然本気じゃないよ。これからさ。そっちは? 離れられるってことは、落ち着いてるの?」


 エルチェもレフィと同じように転がって、空を仰ぐ。まだ日差しは暖かいけれど、風は確実に冷えてきていて、空は高かった。


「まあ、この時期からは落ち着いてくる頃だから。お互い疲れも見える。最近は戦いも雑なやつが増えた」

「そう。小隊指揮してるって」

「……知ってるなら聞くなよ」

「昇任したことしか知らないよ。上手くやってんの?」

「それなり。でも、まあ、なんとか誰も欠けてないから、俺としては上々」

「エルチェは意外と面倒見がいいから、テオが人間関係の調整をしてくれてれば、悪いことにはならないよね」

「……気持ち悪いぞ。褒めるな」

「褒めてない」


 可笑しそうに笑うレフィにひとつ舌打ちをして、エルチェは起き上がる。


「そういえば、先生には会いに行ったのか?」

「ああ。一応ね。もう怖がられてしまうかもとも思ったけど、意外と歓迎してくれた。新しいモデルも見つけたようで、相変わらずだったな。結構売れてるよ?」

「なら、よかった。野垂れ死なれてたら寝覚めがわりぃ」

「先生の絵で繋がった縁もあるから。エルチェも会いに行く?」

「行かねぇ。とんぼ返りだよ。元気そうだけど、無茶すんなよ。さすがにすぐ来れる距離じゃねぇ」

「そう。仕方ないね。寂しいよ」

「嘘つけ。のびのびやってんじゃねーか」


 小さく笑ったレフィは起き上がると、エルチェの背をポンと軽く叩いた。


「エルチェも、ほどほどに」

「うるせーよ。お前がいなけりゃ無茶な場面なんてねーよ」

「私が悪いみたいに言わないでくれるかな」

「実際そうだろ。また妙なことをやらかしそうだ」


 レフィはじっとエルチェを見つめて、顔を寄せながら肩を組んだ。


「そうするべきと感じていて、そうするべきタイミングが来たら、はそれを逃さない。『冷血宰相じいさん』の気持ちはわかるよ。彼とは別の人間だけれど」


 耳元で囁かれる冷え冷えとした宣言に、エルチェは久々に間近でアイスブルーを捉える。変わらない意志の強さに少し呆れて、思わず口元がほころんだ。


「……だから、早めに呼べって言ってんだろ。どうせ止まらない」


 少しだけ間を空けて、それから表情を緩めるとレフィは笑いだした。


「……そういえば、君はバカだった」

「殴るぞ」

「澄ました人間ばかり相手にしてたから……勘弁してくれないか」

「鍛え直してやるよ」


 こぶしを握ってレフィの顔の前に突き出してやれば、レフィも自分のこぶしをそれに軽くぶつけた。


「青あざ作れば不審に思われるだろう? 自主練しておくよ。もう少し、味方も増やさないと」


 立ち上がり、軽く服を払うと、レフィはエルチェを観光名所へと連れ回すのだった。

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