Chevalier

第49話 そんなもんなような

 結局、次の年の秋、二人は騎士の叙任を受けた。エルチェ二十歳、レフィ十八歳の年である。

 自分の剣を受け取ったエルチェはそのままレフィに向きを変え、その場で主の剣を欲して頭を垂れた。レフィも受け取ったばかりの剣をエルチェの肩に乗せて応える。叙任直後の忠誠を誓う儀式に、セレモニーに参列していた聴衆はどよめいた。

 レフィの周囲ではもう暗黙の了解であったけれど、見物人には思ってもないパフォーマンスだったようだ。

 まずかっただろうかとエルチェがちらと周囲を窺えば、レフィが冷ややかな笑みを浮かべながら、皆に聞こえないように一言こぼす。


「ばーか」


 壇上、辺境伯の傍に控えているマラブル卿がひどくご満悦な表情で見ているのに気付いて、エルチェは気付かれぬよう小さく息をついた。

 平民出の乱暴者がブノワの手ほどきを受けてなんとか使えるようになった。周囲の認識などその程度だろうから、領主一族に盾突く気はないと広く知らせるいい機会だ。と、エルチェは思ったのだが。


「イアサント様から離反するとでも思われたか?」

「ベルナールの従騎士でブノワに師事してたのに、とか、そこだけ見てる奴はそうかもね。一般大衆と兄さん周辺はそう思ってないから大丈夫だろ。あとは同期に目立ちたがりと思われたくらいだ」

「目立ちたかったわけじゃねーけど、領主様やイアサント様に、今でもちゃんとそのつもりだってわかって欲しかったからな……手っ取り早いかと」

「……それは、去年のことで判ってると思うけどね。だから叙任の話が出たんだろうし。僕は別に忠誠なんていらないんだけど……まあ、うん。騎士らしくは見えたから、成長したね?」

「……何目線だよ。腹立つな。じゃあ返せ」

「ずいぶん軽い忠義じゃないか」

「俺たちなんて、そんなもんだろ」


 叙任式後の少々空いた時間に軽口をたたき合う。ちゃんと顔を合わせるのは久しぶりなテオが、くすくすと笑っていた。

 この後、騎士団の入団式がある。団員用の寮があるので、エルチェもそちらに世話になることになっていた。基本は出身地に配属されたり配慮もあるのだが、エルチェはレフィの護衛騎士になることが決まっている。正式にはヴォワザン親衛隊第一歩兵連隊所属となり、城内警備や儀礼も担当するベルナールやテオと同僚になる。

 レフィも同じ連隊所属なのだが、その立場は少々特殊だ。辺境伯子息としての外交もあるので、要人の警備につくことはなく、城内警備もごく一部である。有事の際はもちろん前線に出ることになるのだが。


 今年から昨年までの副団長が団長について、組織も新しい編成になっていた。要人周辺はあまり変わらないが、アランもレフィの護衛騎士として戻ってくる。テオはこのまましばらくレフィにつくけれど、様子を見てイアサント側との掛け持ちになる見通しだ。

 集合がかかる。

 エルチェもレフィも他の新人とともに並ぶ。今年の新人は十人程度だった。

 新しい団長が全体を見渡して、レフィとエルチェに目を留め、やりづらいな、という顔をした。



 *



 それからしばらくは、ブノワの姿を見なかった。新人教育を面倒がったのかと思っていたエルチェだったけれど、どうやら奥方の体調が悪かったらしい。朝の訓練の時間に久しぶりにレフィと組んで、ようやく自分の上達を実感したりした。

 レフィはレフィでイアサントの技を吸収して、より鋭く迫ってくる。違うタイプと剣を合わせるのも楽しいと思えるようになっていた。

 訓練中や訓練後に、何人か手合わせを申し込まれて軽くあしらっていたのだが、相手がいやに真剣なので首を傾げる。

 そういえば、みんな新顔だなと気付いて、エルチェは何気なくレフィに話を振った。


「みんなずいぶんやる気なんだな。新人騎士ってそういう感じ?」


 書類なのか、手紙なのか、何かの用紙に目を落としていたレフィはちらとだけ目線を上げる。


「そんなことない。強そうなのいた?」

「いや。お前でも何とかなるんじゃねぇ?」

「そう。じゃあ、やっぱり断って正解だったわけだ」

「……何の話だよ」


 レフィは視線を用紙に戻しながら、ふっと嫌味な笑いを浮かべた。


「君の忠誠を受けたら、自分もっていう向上心豊かな人間が何人かいてね? 僕は彼らを知らないから、まずは実力を見せてって。君に勝てるようなら、人間性がどうでも役に立ちそうかなと」

「……えげつねぇ……」


 ベルナールやイアサントもブノワの訓練に付き合うのを嫌がる。それをもう何年も続けてきたエルチェの体力に、普通の貴族の子息が敵う訳がない。よほど剣技や格闘に秀でているのなら、レフィの耳に入っていることだろう。予定調和もいいところだ。


「君の実力なんて、ちょっと周りに聞けばわかることだよ。情報収集もできない、あるいはできていても取捨選択が出来ないのであれば、僕には必要ない。その上であえて君に挑む気概があれば、そこは認めてあげてもいいかな。どのみち要らないけど」

「自分が面倒なのをこっちに押し付けてんじゃねぇよ!」

「いきなりやる気を削ぐより、いいかと思ったんだけど」


 にやにや笑いで首を傾げる様はとてもそうは思えない。ラブレターを突き返していた頃から全く変わってないと、エルチェはわざとらしく息を吐いてやった。


「ブノワが戻ってくるまでだよ。ちょっとした余興さ」

「人を勝手に余興のステージに上げるんじゃねぇって言ってんだ!」


 レフィは笑うだけだったが、一週間ほどでブノワが戻ってくると、確かにピタリとその手の誘いは来なくなった。せめてブノワから一本取れるようになっていれば、もう少し気分も違ったのかもしれないけれど。と、少々複雑なエルチェであった。

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