第45話 キリキリと

 居住地域は静まり返っていた。明かりもなく、皆避難したかのようだが、数か所に分けて閉じ込められているらしい。先に着いていた隊からの報告によれば、管理棟を制圧され、坑内に作業中だった三番方の作業員が残っていると。眠っていた一番方、二番方の面々は、休憩中を叩き起こされて驚きはしたものの、継続した仕事と給料を示されて、とりあえずおとなしくしていたらしい。

 通報は逃げ出した管理職員と一部人夫によってもたらされたようだ。


「反乱、と聞いたが」

「鉱夫の中にも協力している者がいたり、こちらの兵士の装備を身に着けた者も……盗賊らしい者も多いのですが、それが混乱に拍車をかけているようで」

「なるほどな。で、要求は? 盗賊なら奪って逃げるがいいとこだろう。居座る理由は金か?」

「それが……この山は元々自分たちのものだから、返せ、と。ドットールの名は出ていますが、石炭は直接取引するつもりだし、人員は引き続き使う旨の主張をしているようです。要求に従わないのなら、坑道を爆破する埋める、と……」


 一部居住者は保護されたが、管理棟付近はお互いの牽制が続いている。坑内は危険もあるためうかつに踏み込めず、坑口付近の見張りとも睨み合うばかり。

 そういう報告を受けて、ベルナールは一唸りして腕を組んだ。すでに丸一日は膠着状態が続いていることになる。飲まず食わずでいる坑内の人夫たちも心配だった。


「山ごと、盗る、か。こちらを潰しても、ドットール側は痛くもかゆくもないものな……坑内にいる者たちに食べ物と水を届ける交渉をして、様子を探るべきか」

「使うつもりのある人員なら、何も言わなくても差し入れされてる。それが無いのなら、替えの利く人質でしかないよ」


 イアサントと内部にいるだろう人夫達の名前の走り書きのメモを見ながら、レフィは口を挟む。


「中の人は諦めて、管理棟を取り返せば終わりじゃない?」

「そうもいかないだろう? それで本当に埋められれば、結局しばらくはお隣から石炭を買い付けることになる。もう一度掘り直すのも簡単じゃない」

「……ごもっとも。じゃあ、僕が行こうか」

「レフィ、何を」


 軽率な発言を諫めていたイアサントが、少し青ざめた。


「どうせ深くまでは入れてくれないよ。向こうのお仲間に浅い場所で渡す程度だ。厳つい顔した騎士の面々よりは油断してくれると思うけど」


 自分の頬をするりと撫でて笑む姿は、騎士たちに囲まれていれば、確かに細身で非力に見える。


「従騎士の制服はわかってそうじゃない? 武器も携帯させてもらえないだろうけど、エルチェを連れて行くのは許されそう」


 レフィの視線を追って難しい顔のまま、イアサントはエルチェを見る。

 なるほどな、とエルチェは訊かれる前に頷いた。

 見かけだけなら騎士と言っても疑われない体格と顔つきのエルチェだが、確かに制服は従騎士のもので、先に立って何かすることはほとんどない。どこかで動向を見張られていたとしても、正規の騎士よりは了承を得やすいかもしれない。

 それに。

 まだ身分の付かないエルチェならも惜しくないだろう。

 ただ一人、ベルナールだけがエルチェの名に眉を寄せた。


「お言葉ですが、レフィ様。エルチェは私の従騎士です。勝手に指名されては困ります」


 それはエルチェを心配したというよりは、レフィを止めるための抗議だった。イアサントも小さく頷いて、話を終わらせようと口を開く。けれど、レフィは兄の口を指で塞いだ。


「中の人たちがすでに殺されていたりしたら、この時間は無駄だ。誰か一人でも安否を確認したい。そうだな。じゃあ、運搬係はあちらに決めてもらってもいいよ。誰が指名されてもエルチェをつける。ただし、兄さんはダメだ。ないと思うけど」


 結局、レフィの意見に押し切られた形で、差し入れ交渉は進むこととなった。



 *



 鉱夫をひとり受け渡しに連れてくること、こちらは武器を持たないこと。差し入れは占拠している者たちの分も。そんな感じで交渉はまとまった。宿場町でパンを融通してもらい、水の入った樽も用意する。それらは次の日の朝、運び込まれた。


「結局ご指名はお前だったな」

「面が割れてるなら、拘束すればもっと有効な人質になるからね」

「割れてると思うか?」

「五分五分かな。盗賊たちは判らないと思うけど。問題は紛れ込んでるのが何者か、だから」


 荷物をトロッコに積み込み、敵と味方の視線にさらされながら、斜めに掘り下げられた斜坑をゆっくりと下っていく。見張りがひとりついているが、手伝う気配はない。

 採掘場所である切羽に向かう坑道近くで、三名の人物が待っていた。いかにも盗賊っぽいバンダナに曲刀持ちの二人と、彼らに挟まれた金髪の男。

 薄暗い坑内で、その人物の顔が判別できる所まで近づくと、エルチェは小さく息を飲んだ。

 レフィが何のリアクションもないのは、名簿で名前を見ていたからなのか、単に表に出していないだけなのか。

 煤で汚れたダニエルの方も、特に感慨はないように見える。

 二メートルほど離れた場所で制止を求められ、トロッコだけを押し出すよう指示される。黙って従えば、男たちは中身を確認しながらニヤついた。


「毒味だ」


 男たちはパンをひとかけむしり、樽を割り開け、水を手のひらで掬うとダニエルの口に押し付けた。されるがままのダニエルの無事を確認すると、レフィたちに戻れと手を振る。


「けが人や病人は出てないんだな?」


 レフィがダニエルに問えば、ダニエルは黙ってレフィを見つめ返した。


「おとなしいもんさ。今後も俺たちが面倒みるんだ。仲良くやってるよぉ」


 くっくっと嗤う男たちの間で、ダニエルはわずかに視線を上げて、出口の方を見る。


「ご苦労だったな。さあ、戻れよ。お家までな!」


 げらげらと下品な笑い声は、突然の爆発音で遮られた。地響きが伝わり、下からか横からか突風が吹き抜ける。とっさにレフィを庇ってトロッコの陰に伏せたエルチェは、慌てる男たちを手早く無力化して近づき、こちらについていた見張りの男も昏倒させたダニエルと目が合った。そのズボンを掴み引き止める。声をかけようと埃や塵を吸い込んだばかりに、盛大にむせることになってしまったが。

 わっと人の声が坑内に反響した。


「そこにいるのは……ダニエルか? お前……」


 エルチェの手を振り払うと、ダニエルは声をかけてきた男に斬りかかった。手には盗賊の持っていた曲刀が握られている。短いうめき声とともに倒れ込む男は、見慣れた兵士の格好をしていた。

 返り血を浴びたダニエルが、まだむせているエルチェの影からレフィを引き起こす。


「……お、ま!!」

「追ってこい」


 曲刀の先でエルチェを牽制して、ダニエルはレフィの腕を引いて斜坑の奥へと走り出す。すぐに後を追ったエルチェの足元が揺れ、二度目の爆風が吹き抜けた。よろけて地面に手をついた背中に、盗賊なのか鉱夫なのか大勢の足音が聞こえてきた。ひとつ舌打ちをして、エルチェは飛び起き、斜坑を駆け下りていく二人の背中を追うのだった。

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