第44話 じわじわと
「確認は取れてないのですが、炭鉱向こうの国境砦でも騒ぎがあったようで、現在、情報収集に全力を……」
ガラスの向こうで別の通信士が機械から出てくる紙を眺めたり、忙しなく電鍵を叩いたりしている。緊急の時、トンとツーで文字情報をやり取りする通信は早くて便利だが、全土を賄うほど整備されているわけでもない。電線の設置されてない場所では、まだ
整理されていない情報をある程度詰め込んで、イアサントの一行は城へと取って返した。すぐにでも動きたいところではあったけれど、全員が夜中に起こされて、今はもうだいぶ明るい。仮眠と最低限の準備を整えて、昼頃から動くことになった。
「騎士団の一部隊は先行している。足を引っ張らないように、しっかり休んで行こう」
イアサントの命令なら、誰も逆らえない。ブノワはいち早くソファに身体を投げ出した。
*
予定よりは早く、列車の時刻に合わせて動き出した。それでもあちらに着くのは日が暮れてからになる。馬で行くよりは早いとはいえ、皆もどかしい気分なのは同じだった。イアサントを囲んで、集めた情報を整理する。
ドナシアンが地図を広げた。
「北の森の砦で火事に対応していた頃、鉱山向こうの砦でも、似たような騒ぎがあったようだ。あちらは小規模な爆発が連続して、火炎瓶が投げ込まれたらしいが。大砲かと身構えて、建物の一部に損傷もあったようだが、あくまでも軍の気配はない」
「対応に右往左往しているうちに、炭鉱から緊急の通信があった。僕らと同じだね」
炭鉱の位置を指差して、イアサントは眉を寄せる。
「反乱、だろうか」
タイミングが良すぎる。
「よしんば、協力者が混乱に乗じて逃げ出す手助けをしたのだとしても、徒歩ではどちらの砦も遠すぎる。騒ぎを起こすタイミングとしては早すぎるな。逃げるための騒ぎではないなら、何のためだ?」
ベルナールは腕を組んで考え込んだ。
待遇改善。賃上げ要求。どちらも砦で騒ぎを起こす必要はない。ストライキ程度で良さそうなものだ。
ではまったくの偶然か。
「ありえねぇ」
ブノワが鼻で笑う。
「じわじわと数年かけて国境付近はキナ臭いんだ。同時にコトが起こったなら、炭鉱から気を逸らしたかったと考える方がしっくりくる」
「炭鉱との連絡は」
イアサントの確認に、ドナシアンは首を振った。
「一報以降沈黙していると」
「こちらからではなく、付近に駐屯している騎士団もありますよね?」
アランが首を傾げながら尋ねれば、ベルナールがお手上げと両手を上げる。
「これから向かうという話ばかりで、あの付近からの話が出てこない。こちらから向かったのは着いたばかりくらいだ。通信塔が無力化されている可能性もある。通信士は専門業だからな。駅付近の街に混乱はないようだが、外出禁止令が出されてるそうだ」
「へぇ。通信塔を。よほどこの土地に詳しいんだ」
冷ややかなレフィの声に、皆一瞬沈黙する。冬に誕生日を迎えれば十七になるレフィは、もう無邪気さを装うことはしない。
「協力者が内部にいると?」
ドナシアンの固い声にも、レフィは肩をすくめただけだった。
「協力者か、入り込んで何年も潜伏してる奴かはわからないけど、いるんじゃない? 炭鉱なんて、いくらでも」
「でも、炭鉱から外へ出るのは難しいよ。レフィ。炭鉱内部だけで事を起こすのは簡単だとしても」
「だから時間がかかってるんだよ。内部にいるやつと情報交換できるやつがいれば問題ない。石炭は線路を使って運ばれていくんだから。あるいは……今回の騒ぎも別の目的があるのかも」
「別の?」
「石炭は何に使われているのさ」
暖炉の火に。厨房で。もちろんそれもあるが、一番消費しているのは。
「製鉄……?」
「中央から増産の打診来てなかった?」
イアサントは眉をしかめて答えを示した。
「僕は詳しく聞いてないからわからないけど、父さんがそちらの関係者と話してはいたな。レフィ、どこで聞いたんだい?」
「中央に親戚を持つ友人がいてね。世間話で。だから、その程度だけど。必要となれば価値は上がる。先に知っていれば、私腹を肥やそうとするやつもいるかも」
「と言っても、鉱山の権利は領にある。私服と言ったって……せいぜい税を上げて取り分を増やすくらいしか」
「そうだね。国内の小悪党ならね」
ドナシアンがむぅ、と唸った。
「隣国が、
目の前にあるものを関税を払って買うことになる。
「ほぉん。欲深じじぃは、お隣さんか?」
剣呑なブノワの笑顔に、レフィはちらと視線をやっただけで黙っていた。
ただ聞いているだけのエルチェには、その推測がどの程度当たっているかはわからないが、レフィがまだ別のことを考えているということは、経験上から解ってしまった。
面倒なことが控えていそうだなと、窓の外に目をやる。
何が控えているのかは、さっぱりわからないのだけれど。
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*腕木通信(テレグラフ)
望遠鏡を用い、塔の上の腕木であらわす文字コードや制御コードを読み取ってバケツリレー式に情報を伝達したもの。手旗信号の巨大機械版。
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