第43話 ちゃくちゃくと
似たような騒ぎは領の南東側の国境付近でも起きた。北の森の砦の騒動から半年以上過ぎてからだったので、野盗どもの冬支度のタイミングではあった。備蓄品の強奪と数名の犠牲者。盗賊たちからの被害は年中あるものの、砦への襲撃、それも年に二度ともなると異例だった。
彼らの中には明らかに戦闘の訓練を受けた者も混じっていて、隣国に探りを入れてみれば、あちらの砦も襲われているという。共助の口約束を交わしたようだが、お互い本当に協力しようなどとは思っていなかった。
現在、ヴォワザンはフランティア国の北側の領地だ。北西側は海に面していて、東側までを隣国ドットールと接している。一部山岳地帯で、そこで石炭が取れるが、国境があるからといって資源が分かれてくれるわけではない。隣国でももちろん石炭を掘っているわけで、過去にはドットールの領地であったことも一度や二度ではない。
ドットールにしてみれば、南に位置して食糧庫になる土地だ。自国に抱え込もうと、過去に何度も攻め入っていた。ヴォワザンが基本フランティアに属しているのは、ひとえにこの国が豊かだからだ。物流も中央近くまで通じている川のおかげでスムーズだし、山向こうの土地との人付き合いよりも懇意にしたいのは当然というもの。
だが、フランティア側は他にも農地や酪農地帯、港を持っている。国の面積に対してそれほど大きくないこの地域を手厚くは扱ってくれていなかった。製鉄所ができてからは、国もこの辺境に力を注いでくれるようになって、ようやく安定してきたところなのに。お金が回れば人も回る。農業も酪農もさらに大きくできる。
そんな歴史を透かして見れば、お互いの主張を安易に飲み込むような真似は、どちらもしないというものだ。
――と、微妙な空気の中、警戒と突発的な盗賊退治は、大きな戦争のないこの時代でエルチェの経験に昇華されていった。
*
散発的な小競り合いは数年続いていた。もう砦内部にまで入り込まれるようなことはないが、長期の緊張状態に疲れも出てきていたのは確かだ。
夜中の招集にもすっかり慣れた、初夏の風の強い夜。エルチェは、あくびをしながらブノワの背中を追いかけていた。
馬を軽快に走らせるブノワは、金属の胸当てと篭手、グリーブくらいの軽装備で、いつも先陣を切っていた。ベルナールの従騎士だと言っているのに、エルチェはこうしてブノワの荷物(主に交換用の武器)を背負わされてついていくことも増えている。人は常に足りないし、効率がいいからとだんだん周囲も気にしなくなっていくことに少々抗議したいのだが、エルチェの立場は常に下っ端だ。皆もそれぞれの立場で仕事をしているのだから、その口は開いても色々を飲み込まねばならなかった。
「イアサント様は出来るぞ」
ちょっとした雑談で、ブノワがそう言ったことがある。
「俺の剣を受け流せるし、気を抜けば懐に入り込まれる。力押しを崩されるから、やりにくい相手なんだ。いつも決着までに時間がかかる」
その時のエルチェは、とっさにレフィの戦い方を思い出していた。兄弟だから似るのかもしれないし、レフィが兄から学んでいるのかもしれない。
それを思い出してから、ブノワと立ち合えるようになっていった。元々エルチェは力押しの喧嘩ばかりしていたわけではない。自分より強く大きな大人でも、どうすれば一撃を与えて逃れられるか、そういうことも考えていた。
それでも、剣だけでなく槍や素手での格闘も交えて戦うブノワに勝つ道は、見えてこなかったけれど。
一・五メートルほどの槍を片手に、ブノワは馬に怯んだ一団に突っ込んでいった。真ん中を割るように駆け抜けて、足を止めて引き返そうとする残りの盗賊たちに向けて引き返してくる。エルチェはその導線から避けてしばし事を見守り、特に手を出すことはない。
すぐに辺りは静かになり、息のあるものを確かめて纏めて拘束しておく。ブノワは馬を下りることなく先に行くので、手早く終わらせてまた後を追う。たまに逃げ切る者も出るが、それは後から来る皆に任せればよかった。
しばらく行くと、ブノワが戻ってきた。おかしいなと眉を寄せたエルチェに、ブノワは手を差し伸べて怒鳴る。
「荷物をよこせ。戻って伝えろ。火の手が上がってる!」
すれ違いざまに荷物を受け渡して、二人は同じように馬の向きを変えた。今度はお互い逆方向に走り出す。
駆け戻ってきたエルチェに気付いたレフィが一団から先行して近づいてきた。伝言を伝えれば、また馬首を返し、ラルスが向きを変えて城へと戻って行った。
アランがエルチェの横を駆け抜ける。
「ご苦労様。僕が行くから、後からおいで」
頷いて、後方のベルナールの後ろにつく。ベルナールは前を見やって、風向きを見定めるように目を細めた。
「火の色は見えん。まだ広がってないと思うが、嫌な風だな」
隣国側から海側に向かって風は吹いている。砦は石造りなのでそう問題はないが、周囲の森に広がると盗賊どころの話ではなくなる。エルチェも焦りつつ、馬に負担をかけすぎるのも良くないので、煙が見えないか木々の影から夜空を透かして見るのだった。
結局、エルチェ達が到着した時、もう火は下火だった。
真冬だったら危なかったかもしれないと、国境警備の者たちは胸を撫でおろしていた。
火は国境ギリギリ隣国側で燃えていた。風向きを考えると放置してもおけず、枝や藪を払ったり、水を撒いて燃え広がりにくいようにしたらしい。
念のためと近くの沢から水を汲むのを手伝っていたエルチェ達に、慌てた様子の砦の通信士が、窓から身を乗り出すようにして叫んだ。
「イアサント様はいらっしゃいますか!? 炭鉱で反乱がおきたらしい……と!!」
全員が、その場で動きを止めた。
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