第39話 やっつやっぱり
特に妹のローズは兄らしからぬ薔薇のペンダントに跳ねるように喜んで、つけてくれとねだった挙句、みんなそこで見ているというのに家族一人一人に見せびらかして歩いていた。
兄二人はニヤニヤと何かしら含んだ顔でエルチェを肘で小突いたりする。訊かれた訳でもないのに言い訳するのも憚られて、エルチェは深く息をつくことしかできなかった。
年末にはエルチェの
盛り上がるちびっ子たちとは裏腹に、大人は静かに頷いたり、瞳を潤ませたりするので、エルチェはなんだかくすぐったい。
気付けば父の背を追い抜いていたりして、無言で合わせるジョッキが感慨深かった。
もう恒例となった年明け、朝一番のガレット・デ・ロワで珍しくエルチェはそら豆を引き当てた。母はなんだか嬉しそうに紙の王冠をエルチェに被せたけれど、もう城に帰るエルチェには特に希望もなかったので、「みんな元気でいて」とだけ言って、そら豆は残ったケーキの下へと突っ込んでしまった。引き当てた人が、代理の王様だと。
呆れた母は眉尻を下げたまま、エルチェを抱きしめた。
「あんたこそ、元気でいなさい」
体のあちこちに残る痣を見たのだろうか。エルチェは苦笑して「大丈夫」と家を後にした。
*
ちょうどベルナールの屋敷に着いたところで、出てきたベルナールと鉢合わせる。
「おっ。早いな。ゆっくりしてくればよかったのに。ラルスは夕方くらいのはずだな」
「どこか行かれるのですか?」
新年だというのに朝から騎士服に身を包んでいるベルナールに首を傾げれば、彼は笑った。
「挨拶にな。暇なら一緒に行くか? 着替えてこい」
「俺も行って大丈夫なところですか?」
「従騎士が主人についていくのは当たり前だろう?」
一人で出掛けようとしていたのに、とは思ったけれど、エルチェに断る理由もない。
「じゃあ、これ。地元の美味いジャム。グースベリーとポテトとミルク。よかったら……奥様に渡しておいてください」
鞄の中から取り出してベルナールに押し付けると、エルチェは急いで着替えに走った。
「おぅ。ありがとう。ゆっくりでいいぞ!」
実家でアイロンを当てて畳んでもらっていて良かったと、慌ただしく着替えながらエルチェは思う。制服に腕を通せば、不思議と意識は切り替わっていくようだった。
「お待たせしました!」
「おぅ。仕事じゃないから、そう固くなくていいぞ」
「そう、なんですか?」
城に向かっているので、呼び出されたのかとエルチェは思ったのだが、違うらしい。見慣れた道を進み、見慣れた廊下を抜け、見慣れた階段を上る。いつものようにノックして、イアサントの執務室に入っていく。
「
「おめでとう。珍しいな。ベルナールが最後? ……っと。エルチェ君、もう帰ってきたの?」
「あ、お、おめでとうございます!」
普段と変わらない光景に、呆気に取られていたエルチェは、慌ててイアサントに敬礼した。
「うん。おめでとう。いいよ。今日はある程度は無礼講。君はもう飲めるんだっけ。そこから取ってね」
テーブルを指されて、並んだシャンパングラスに瞬く。ベルナールが見本を見せるようにそこからグラスを持ち上げ、エルチェを促した。エルチェが手を出せば、ソファに座っているレフィと目が合った。レフィの手にあるのは中身の色が違う。
「みんな持ったかな? では、今年もよろしく。
「
「
レフィだけトーンが低い。
「それ何?」
「炭酸水。朝の食事で飲んだから駄目だって」
仏頂面なレフィはまあ、珍しくはないけれど、拗ねたような態度はなかなか新鮮だった。
シャンパンを空けた後は、それぞれ好きなものを自分で注いで飲むらしい。ブノワなどジョッキにワインを注いでいた。
アランに言われてテーブルの上に酒瓶を並べるのを手伝う。
「毎年こうなのか?」
「僕も今年初めてだよ。こんなことしてたんだ」
「僕も最初びっくりした」
アランが笑いながら白ワインの瓶を取り上げた。
「休みはあって無いようなものだからって、お昼までの数時間だけ、ね」
「充分できあがれそうな時間だな」
「その辺の匙加減はみんな上手いよ。まあ、ブノワはそうでもないかな」
「聞こえてるぞ。ワカモノタチ! 俺はこの後、汗で流すからいいんだよ!」
ブノワは、ガバリとジョッキを持ったままの腕をアランの首に絡ませる。
そのまま反対の手で適当な瓶を掴んで行ってしまった。アランが引きずられつつ連れていかれて、ドナシアンとベルナールに苦笑されている。二人の手には琥珀色の液体が揺れていた。
「飲めないのに酔っ払いの相手は拷問なんだけど?」
アイスブルーをさらに凍らせて見つめられても、イアサントはにこにこするだけだった。レフィは立ち上がると、用意されていたチョコレートを一掴みして、エルチェの腕を絡めとって待機室へと向かう。
「付き合ってらんない」
エルチェは若干酒瓶に未練を残しながらも、レフィのなすがままにする。チラとベルナールを見やれば、ひらひらと手を振っていた。
自分で用意する気のないレフィにコーヒーを淹れてやって、やれやれと腰を下ろす。うるさくはないけれど、何やら和気あいあいとした雰囲気の隣室に視線を向けながら、レフィはぽつりと聞いた。
「
興味があるのかないのか微妙な調子だ。
「どうも? 楽しく踊って、現実を見た。どうせわかってるんだろ」
「そう。懸命だね。だいたい、見た目だけで年下だと思ってただろ。若く見られて喜ぶ女性は多いけどね。妹と同列にするのはもうお勧めしないな」
「……うるせーな。ご丁寧に紹介相手まで用意して、断りにくくさせといて」
「用意したわけじゃないさ。僕は招待客を決められない。助言はしたけど。その中で相手にも彼女にも僕にも利のあることを提案しただけだよ。上手くいくかはまた別だし」
「俺のうまみは?」
「君はそれなりの知識と教養とやる気をもらって、伯爵令嬢を抱けただろう?」
エルチェは危うくコーヒーを吹き出すところだった。カップから零れたコーヒーが指にかかる。
「あっつ……シてねーよ!!」
「そうなの? 何やってんの。真面目? じゃあ、子の相続分は考えから抜いておこうか」
あんまり淡々と言われて、エルチェはげんなりと天井を仰いだ。
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