第25話 ライバルなんてものは・後

 どういうつもりだ?

 それが誰か確信して、エルチェは眉を寄せた。用意した槍を差し出されるが、受け取ってしまえば競技は始まってしまう。

 レフィの思惑をエルチェはなんとかわかろうとするものの、槍を差し出す係の者が訝し気にエルチェを見上げた雰囲気に、とりあえずそれを掴む。どうしていいかわからないまま、馬は歩き出した。

 突進してくる相手の、ほとんどブレない綺麗な姿勢。タイミングを計る鋭い瞳。迷いがあるままでは飲まれてしまう。無意識に繰り出された槍は、レフィの盾に当たって砕けた。エルチェの盾を持つ手もジンと痺れている。

 待機位置に再びついて、そっとレフィを振り返る。レフィはもうエルチェを見なかった。


 苛立ちは舌打ちとなった。

 傍にいた者が不思議そうにエルチェを見上げる。先の一戦よりはずいぶん楽そうなのに。目がそう語っていた。

 目的は達した――はずだ。ここでレフィを負かす意味がない。

 では、勝ちを譲るべきなのか? 仕えるべき相手に、敬意を表して?

 エルチェの考えがまとまる前に、次の槍が差し出される。

 余計なことを考えていて勝てる相手ではない。そういう隙をつくのが一番上手い相手だ。だから、負けても、別に……


 エルチェはハッとして反射的に頭をのけぞらせた。

 コンマ何秒攻撃に迷った結果が、目の前に迫る槍の柄だった。兜を引っかけて、後方に飛ばしていく。衝撃を殺しきれずにエルチェの身体も後ろへと傾いた。掠っただけなのに頭の中が揺れている。自分より的の大きな相手に、エルチェも使った手だった。


「……エルチェっ……!!」


 意識を持って行かれそうになりながら、歓声とどよめきの中に、エルチェは微かに自分の名を捉えた。

 腿を締め、鍛えた筋肉を総動員でそれ以上の傾きを阻止する。手綱に手を伸ばし、落馬するのはどうにかこらえた。

 待機場所に誘導され、ハンカチを差し出されながら「大丈夫か」と少し時間をもらえる。呼吸を深く整えながら、エルチェは力強く頷いた。

 兜を被り直し、新しい槍を受け取る。

 もうごちゃごちゃしたものは吹っ飛んでいた。


 3度目の立ち合いは、二人ともほぼ同時に柵を回り込んだ。

 レフィのアイスブルーは、迷いに揺れることはほとんど無い。それは自信家だというだけではなくて、間違いを犯したときにも潔くある覚悟があるからだ。

 エルチェはそれを頭でわかる前に、レフィについていくことを決めた。彼はエルチェにどうあれとは言わない。見限られるときは、一瞬なのかもしれない。

 だからこそ、エルチェも余計な気を回したりしてはいけないのだ。自分らしくあることで否を告げられるなら、それまで。

 初志貫徹。


 お互いの槍が交差する。

 エルチェの槍はレフィの喉元を狙ったと見せかけて、動いた盾で露わになる左肩を突いた。エルチェの盾で砕けた槍を放り出す形で、レフィの身体は捻れたまま少し浮いた。そのまま落馬するだろうと予想して、エルチェは直線を走り抜け、柵を回り込んだところで馬から飛び降りた。

 兜を脱いで放り投げながら、倒れているレフィに駆け寄る。見上げる鋭いアイスブルーにホッとして、手を差し伸べた。

 レフィはその手を取ることなく自ら立ち上がる。兜を脱いで乱れた髪をかきあげるのを見て、エルチェは彼の前に跪いた。


「僕だと判ってて、この判断?」


 冷ややかな声に、地に着けた拳をさらに握りしめる。


「護るべき相手より弱いなんて、自分に納得できない」


 顔を上げれば、見下ろす顔が少し傾いだ。


彼女ローズが見ているからじゃなくて?」

「それもある。負けないと、言った」


 大真面目に答えれば、レフィは無表情のまま、げんこつを振り上げた。

 衝撃を覚悟して目を瞑り、歯を食いしばる。

 コツン、とエルチェの頭の真上に軽い衝撃が落ちてきた。そろそろと目を開ければ、レフィが満足げに笑っていた。


「ばーか」


 それだけでレフィは踵を返し、様子を見に来たテオに兜を預けた。

 エルチェの耳にようやく周囲のうるさいくらいの歓声と拍手が聞こえてくる。立ち上がって、試合中彼を呼んだ声の主を探した。

 両手で口元を覆ってエルチェを見ているローズを見つけて、彼は一目散に駆け寄っていく。


「ローズ!」


 フェンスを軽く跳び越え、周囲が場を開けるのをありがたく受け入れて、彼女を抱き上げる。


「ありがとう! ローズのおかげで目が覚めた! 宣言通り、負けなかっただろう?」


 色を無くしていた彼女の頬が、みるみるうちに赤く色付いていく。


「え……エルチェ……」


 軽く肩を押し返されて、はたとエルチェは彼女を下ろした。


「悪い。ちょっと、興奮してる! お礼になんか奢るから、着替えるまでちょっと待ってて」


 そのまま彼女の手を引いて、エルチェは駆けだした。




 賞金を受け取って、商品(弓や短剣、食堂のチケット、果物なんかがあった)は城の寮に届けてもらう。落ち着きなく待っていたローズを連れて、エルチェは屋台へと向かった。

 端から全部の屋台で買おうとするエルチェをローズは止める。


「待って! ムリムリ! そんなに食べられないから!」

「遠慮すんなって! あの綿あめもどうだ?」

「もういいから! お家に何か送るとか、もっと有意義に使って?」

「って言っても、明日にはみんなにたかられそうだけどな。んー……じゃあ、ついでに年末に帰るときの土産用に、妹に何がいいか一緒に選んでくれないか。弟は食いもんでいいんだけど、妹は最近うるさくて。こんな時でもないと女に聞ける機会が……」


 はたとローズを見下ろして、エルチェは口ごもった。


「……すまん……ローズでさえ食いもんじゃ色気がないって言うんだもんな。人相の悪い男といつまでも一緒に歩かせるのも、また変な噂になるかもだし……ちょっと、浮かれすぎてた。城でも、友達のとこにでも送り届けるから」


 くるりと踵を返したエルチェの袖口を慌てて掴んで、ローズは困ったように笑った。


「エルチェのそういうとこ、周りはみんな知ってるわ。私は試合を見てただけだから、気が引けちゃっただけ。そういうことなら手伝えるかもだから、変な気を回さないで? 頼られるのは嫌じゃないもの。妹さん、いくつなの?」

「……じゅう、に、かな。いや。でも、」

「大丈夫。さっきまでの勢いはどうしたの? 今日のヒーローの隣にいられて光栄だわ。ほら、次の店、見てみましょ!」


 ローズに背中を押されて、またふたり歩き始める。木製のおもちゃを却下され、花束では保たないと呆れられ、結局アクセサリーの並ぶ屋台で足を止めた。


「妹に指輪ってのもな……作業の邪魔だし」

「アクセサリーは着けるところを想像して、眺めるだけでも楽しいから、邪魔かどうかは考えなくてもいいと思うけど……でも、そうね。ペンダントとかの方が身につけやすいかしら」


 ローズの言葉にそういうものかと感心しながら、エルチェもざっと商品を確認する。ふと、リアルな大小の薔薇が連なった髪飾りが目についた。妹には大人っぽすぎるが、と手に取ってみる。


「ローズ」

「あら。それも素敵。でも、妹さんくらいならピンクとか、もう少しキラキラした感じの方が好きそうじゃない?」


 オレンジの花に目を細めたローズの髪に手を伸ばす。適当に差し込んで、エルチェは笑った。


「ローズにはこの色だ」

「えっ」


 それから、ローズの持っていたピンクの小ぶりの薔薇のトップがついたペンダントを店主に差し出して、「こっちは包んで」と支払いを済ませた。


「え、エルチェ?」

「お礼。付き合ってくれて助かった。似合う、と思うけど、気に入らなかったら好きにして」


 肩をすくめるエルチェを見上げながら、ローズの頬は薔薇のように染まるのだった。

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