第24話 ライバルなんてものは・前
夏祭りの前夜祭として行われる騎馬試合とは、いわゆる馬上槍試合のことだ。数組の団体戦で、馬を操りながら先を丸めた槍で相手を突いて鞍から落とす。これの前哨戦として行われる一騎打ちを模して、ポニーで行われる一般子供の部や、主に騎士見習いたちが修行の成果を披露する少年の部で祭を盛り上げるのだ。
中央の低い柵を挟んで、お互いが突進する。勝負は一瞬で、槍が砕けても鞍から落ちなければ、馬首を返して仕切り直しだ。
参加は事前申し合わせで五組程度決められているのだが、当日の飛び込み参加も歓迎されていた。名簿に名前を書けばいいだけなので、賞金や商品目当てに複数回書くやつもいる。強すぎる相手には棄権が増えていき、名乗り出が無ければそこまで(相手が無ければ不戦勝でも賞金はなし)というルールだった。
エルチェは今までこの試合に参加したことはなかったから、マークされたりはしなかった。
レフィに見送られながら、兜を被り、盾を持つ。馬の首をよろしくと叩いてやって、槍を受け取った。先は丸くなっていて壊れやすく、刺さったりはしないが、衝撃は相当なものだ。何度か握り直して、唇を舐めた。
柵を回り込んで相手と向き合い駆け出す。すれ違いざまに盾へと遠慮なく槍を突き出した。少し遅れた相手の槍は盾で受け流すことができた。後ろで落馬の気配がする。腕を突き上げれば、歓声が応えてくれた。
二人目の相手も余裕で下し、レフィと少し相談する。そのまま勝ち進んでも面白くない。しばらく観戦して様子を窺うことにした。
「見ればわかると思いますが、一回り体の大きい者がいますね。彼は有利でしょうが見た目で棄権される率も高いので、見世物としては良物件ですね」
テオはスカウトもよくするようで、出場者の中から強そうな人物をピックアップしてくれた。エルチェも成人とほぼ変わらない身長だったけれど、その人物は横にも大きくてまさに重量級だった。
「馬が先に潰れそうだな」
「それを狙う手もありますけどね」
「そんな地味な試合しないよな?」
レフィが楽しそうにアイスブルーを細める。
「……他人事だと思いやがって……」
顔を顰めるエルチェに、レフィはわざとらしく会場を見渡して、ある女性の姿を認めてから顔を寄せる。
「ローズの前では負けないんだよな?」
「負けねぇよ? 兄の名が廃る」
「……君、ほんとバカだよね」
「なんだよ。勝てばいいんだろ? 勝てば」
「ほら、次の試合始まりますよ。相手も二人抜きしてますね。どちらが勝っても、相手に不足はなさそうです」
一度、二度、とお互いの槍が砕け、仕切り直しになる。三度目、重量級が見た目のままごり押した。落馬した方は悔しそうに地面を叩いている。
「エルチェ、勝算は?」
「あるって。一発で決めてやるから見てろ」
へぇ、と目を眇めたレフィを前に向かせて、いくつかの試合を流し見する。次に重量級が出てきたところで、エルチェはゆっくりと肩を回した。何度かアナウンスが聞こえる。他に名乗りが無いのを確認してから、エルチェは目の前のフェンスを乗り越えて、手を振りながら待機場所まで駆けて行った。
会場内がざわめく。
「目立ちすぎだろ」
「レフィ様がそう仰ったのではなかったですか?」
「まあね。頭の固いやつらに解らせたかったんだけど、試合以外で注目されても困る。アイツ、今の絶対ローズに自分だってアピールした」
くすりとテオが笑う。
「どうやって自分を鼓舞しようとも、レフィ様のために戦うことに変わりはないでしょう」
「そこまで考えてないぞ。絶対」
「考えなくとも、身体が動くタイプですからね。彼が黙って周囲の采配を待っているのは、自分が動くとレフィ様が不利になりかねないと解っているからです……ベルナールには、もうだいぶ前に希望を伝えているらしいですよ?」
軽く
「詳細は聞いておりませんが、聞かなくてもわかる気がします」
「……バカだからな」
「解っていて、確かめるのですか?」
「バカがいいんだ。イエスマンなら他にもいる」
「では、予定通り」
槍が用意されるのを横目で見ながら、テオはその場を離れて行った。
槍を受け取り、馬首を巡らせる。相手の動きを待たずに、エルチェは駆け始めた。
巨体からの攻撃を何度も受け止めるのは不利。勝負は一度きりにするつもりでいた。ひと駆けでもスピードを乗せて、相手と対する。
よほど自信があるのだろう。口元がニヤついているのが見えた。
見えるということは、隙があるということだ。
ほぼ同時、お互いの槍が伸びる。
相手の槍が引きながら受けた盾の上で砕けるのがわかった。バランスを崩しそうになるのを槍を離した手で手綱を引っかけて耐える。
一瞬静まり返った場内は、巨体が仰向けに倒れていくのを見て、沸いた。
馬を戻して、エルチェは落ちた巨体を振り返った。顎のあたりを突いたから、少々心配だった。係員が駆け寄って、巨体が頭を振りながら起き上がるのを見てから、ようやくエルチェは腕を高々と上げる。割れんばかりの拍手と声援に馬を下りようとして……係員に止められた。
疑問を口にする前に、次の対戦相手が入ってくる。
『どうしてもということで、本日のヒーローに挑戦してもらうよ!! 連戦もハンデということでいいんじゃないかなぁ?』
メガホンで、興奮冷めやらない声がひっくり返っている。
相手は、確かにエルチェよりは小柄だが、鎧をまとっての動きは堂に入っていた。慣れている者の動きだ。待機位置に誘導されて、相手が見えなくなり、エルチェは身を捩って振り返る。
馬にまたがった相手は、同じようにゆっくりとエルチェを振り返った。
兜で顔立ちは定かじゃない。
けれど、覗く瞳は、エルチェのよく知るアイスブルーだった。
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※馬上槍試合については、ざっと調べた上で適当にアレンジしております
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