第14話 イメージってこわい

 エルチェの耳元に息のかかる距離で、ベルナールは密やかに告げた。


「それは、レフィ様が兄より良い地位を得るべきだと思っているということか」


 ゆっくりと傾けた身体を戻して、今度は正面からエルチェを見据える。

 そのキョトンとした表情は、ちゃんと少年の顔をしていた。ベルナールは少し安心して口の端を持ち上げる。


「いや、意地の悪いことを聞いた。やや強引に連れてきてしまった自覚はあったからな。もう少しいい待遇が欲しいならと思ったんだ。君の気持ちはそれとなく伝えて――」

「レフィはまだ疑われてんのか? もしかして、アランや俺をっていうのは、優秀とか全然そんなんじゃなくて、レフィから少しでも味方を減らそうって、なんか、そういう……!」


 掴みかかられそうな勢いに、ベルナールは一歩引いて、なんとか踏み止まる。


「短絡的に考えるな」


 顔の前に手のひらを突き付けられ、エルチェは奥歯を噛みしめながら両腕を下ろした。


「そう考える者がいたとして、はいそうですかと、すんなり通るわけがないだろう。だから、君たちに期待の目が多く向けられているのは事実だ……とはいえ……」


 ベルナールは歯切れ悪く言って、窓の外に視線を逸らした。


「そう言って、レフィ様に話を持っていけば断れないのも事実だろう。俺も、せっかくいいチームとしてまとまってきたと感じていたから、二人とも引き抜くというのに違和感を持たなかったわけじゃない。君の態度は少々不敬ではあるが、それが、レフィ様を軽んじてのものではないから、レフィ様も君を手元に置くのだろうし」

「さあ。それは俺には判らない。良く動くおもちゃだと思ってるだけかも。デカいから、弾除けにはなるしな」


 肩をすくめるエルチェにベルナールは微かに笑った。


「君は、いい騎士になるな。だが、そうなると別の意味で怯える者が出てくる」

「別?」

「レフィ様がやれと言ったら、兄にも剣を向けると」

「言わねぇよ」

「それだけお家騒動は多いんだよ。レフィ様が優秀なのは君も知っているだろう? 少しおっとりしたイアサント様に鋭い忠告をしたりする姿は、微笑ましいを通り越してしまうんだ」

「……『冷血宰相』みたいだ、って?」


 ベルナールは薄く笑んだまま頷き、口を開けて一拍だけ迷ってから続けた。


「君は『冷血宰相』が何をしたか知ってるか? ずっと支えてきた主人の首を切って、強制的に代替わりをさせたんだよ」



 *



 北の塔から出てレフィの部屋に戻る途中、エルチェは渡り廊下から中庭へと踏み出した。

 ベルナールの話したあれこれが、腹の底の方でもやもやと燻っていたせいだ。

 上着は廊下に投げ出して、雨の中、折れた小枝を拾い上げる。正面に構えて素振りを始めた。

 百を超えてからは面倒になって数えるのをやめた。

 動いて熱くなっているはずなのに、冷たい雨はエルチェの身体をどんどん冷やしていった。

 同じ動きに飽きてきて、腕を下ろしたところで渡り廊下の方から声がかかった。


「エルチェ」


 振り向くと同時に何かが飛んできて、反射的に掴み取る。練習用の刃の付いてない剣だった。


「帰ってこないと思ったら、何やってるんだよ」

「レフィ……」


 自分も剣を持って、レフィは袖をまくりながら雨の中へと出てくる。


「勉強は終わったのか?」

「当然だろ。すっかりサボりやがって。本当にベルナールからの呼び出しだったんだろうな?」


 不機嫌そうに睨まれて、そのまま剣を構えられる。エルチェも同じように構えれば、レフィはすぐに懐に飛び込んできた。

 一合、二合、受け止めればいつもより重い。無理やり押しのければ、レフィは一度下がった。剣を横手にすぐにまた踏み込まれる。左からくる剣を右に回り込んで避け、ついでに足を引っかけてやる。レフィは少々バランスを崩したけれど、軸足じゃなかったので踏み止まられた。

 突き出すようにした剣は、エルチェを追ってきた剣がきっちりとはじき返した。


 無駄に素振りをしていた分、腕が重いなとエルチェは眉をひそめて、遠心力でこちらに向き直ったレフィの返す刃を屈んで避けた。

 低い位置のまま、溜めた足を後ろへ蹴り出す。頭を下げたまま、レフィの腰にしがみついて押し倒した。右手首を確保し、剣は頭の横に突き立てる。

 悔しそうに細めたアイスブルーに雨が降り注いで、まるで涙のように目尻から伝い落ちた。


「素振りが終わるまで待ったのに……!」

「卑怯かよ」


 呆れながらもレフィに手を差し出せば、必要以上に強く握られた気がした。

 エルチェがその手を引いても、レフィは起き上がってこなかった。


「エルチェは期待通りに強くなるね。きっと兄さんでも父さんでも守れる、カッコイイ騎士になるんだろうね」


 冷たく笑いながら、誰かに聞かせるように、取ってつけたようなセリフだった。

 エルチェは腕の力だけで無理やりレフィを引き起こして……ひょいと足を引っかける。瞬間に手も放して、もう一度地に落ちていくレフィを鼻で笑った。


「カッコイイ騎士なんて、俺に似合う訳ないだろ」

「くっそ腹立つな」

「そういうこと言うと、またベルナールに叱られるぞ。レフィ様の方が影響を受けてどうするのです! ……ってな。おぼっちゃま?」

「微妙に似てて、余計腹立つ」


 落ちていた剣を掴んで飛び起きたレフィは、獰猛に笑いながらエルチェに突っ込んできた。

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