第9話 子供らしくないよ

「みんな、十歳の子供に何を期待してるのさ。僕は面倒を避けて、子供らしく自由に遊んでいたいだけなんだけど」


 

 大人二人が同じような溜息をついているところをみると、エルチェが思ったこととそう遠くないことを想起したに違いない。


「怖ぇ十歳ガキ

「エルチェだって、未来さきの安定のために、こんなところまで来たんだろ」

「俺は目の前のことを片付けてるだけだ」


 やや切れ気味に言うエルチェを宥めるように、ベルナールは二人の間に手を伸ばした。


「ともかく、だ。レフィ様がこういう感じなので、イアサント様はともかく、その背後の者たちにとって、今回のダニエルの起こしたことと、その処断は、ことを大きくしたくないシャノワール家の想いを汲んでも、四年間燻っていたものに火をつけるのに充分だったということだよ」

「事件が起こってから、レフィ様が外の者を雇いたがる理由がようやく解りました。どちらの親戚からも距離を置きたかったのですね。僕もそういえばどちらとも利害関係の少ない田舎出身ですし」

「正直、過激な連中の中には、レフィ様が万が一のための後継者教育を受けるのも気に入らない者がいるらしい。兄を排除して、その権利を手に入れたと思う者が」

「別に、僕は勉強が増えるのは歓迎してないんだけど。兄さんがつつがなく後を継げるように、今まで通りちゃんと騎士の訓練を頑張るって言ってるんだけどな」


 レフィは話が通じないとでも言いたげにゆるりと頭を振った。


「それも、に武術を磨いていると言われる始末です。私としては年の近い者同士で無邪気に過ごす様子を見られれば、少しは皆の疑心暗鬼も解けるのではないかと」

「だよね」


 ふふっと笑ったレフィを、ベルナールは少し不安気に見やった。


「経験の浅いアランと、来たばかりのエルチェ君では不安も多いのだが、現状、これ以上にするのも憚られる。特例を通すからには我々側近も目を配るので、どうかよろしくお願いしたい」


 田舎者の子供に立派な騎士が頭を下げるのだ。言外にあるものに気付かないわけがない。サインを求めるわけだ。ある程度の危険と、手に入る物を天秤にかけて、エルチェは頷く。


「引き受けた仕事は精一杯がんばります」


 エルチェの答えに満足したのか、ベルナールはエルチェの肩をぽん、と叩いてアランと共に部屋を出て行った。

 エルチェも部屋に戻ろうと立ち上がって、一応レフィに聞いておくことにする。


「黙ってればいいのに、なんで聞かせたんだよ」


 大人は渋ったはずだ。


「仕事に身が入るだろ? 危機感があるのとないのでは対応が変わってくるじゃないか」

「逃げられたらどうすんだよ」

「逃げるやつはサインしない」

「無謀すぎだろ」

「子供らしいだろ?」


 にっこり笑う美少年に、エルチェは諦めのため息をついたのだった。



 *



 さて。騎士見習いの従者の生活はエルチェにとってそう苦ではなかった。

 規則も行動時間もほとんど決まっている。一度覚えてしまえば、同じことの繰り返しで退屈ですらあった。剣技はまだ覚束なかったけれど、体術はコツが解ればすぐものにできた。ベルナールは、自分より大きな人間に対してどう挑むのかを実戦で教えてくれる。レフィに簡単に背負われて地面に転がった時は感動すら覚えたものだ。

 もちろん、エルチェを優遇されていると妬んで絡んでくる者もいた。元々喧嘩慣れしているものだから、うっかり相手にして兵士長に目玉をくらうこともあったけれど、やり過ぎない範囲も同時に覚えていった。ペナルティで掃除や洗い物を追加でさせられる時、レフィが特に助け舟を出さなかったのも良かったらしい。ゼロにはならなくとも、ふた月もすれば次第に嫌がらせも減っていった。


「最近どう?」

「どうって?」

「まだ絡まれる?」

「そういえば減ったな。実戦で試せなくて困る。レフィ、投げさせろよ」

「やだよ。もう敵わない。無駄なことはしない。ていうか、主人に投げさせろとか言うな」


 トントンとエルチェの前のノートに指先で注意を促して、家庭教師が二人を睨む。


「今は、お勉強の時間ですよ。頭を使うのも頑張っていただきたいですな」


 エルチェは小さく息をついてガリガリと頭を掻いた。

 二つ下のレフィと同じことを教えてもらっても理解できないことが多い。そこに追いつけるようにと、分からないところから遡って覚えろと言われる。それは、身体を使うようには上手く身につかなかった。うー、と小さく唸る。

 レフィは問題を考えているふりで顎に手を当てて、何か楽しそうに企んでいた。




「午後から街に行こう」


 昼食を前にアランがやってきたところで、レフィは弾んだ声を上げた。アランがちょっとギョッとする。


「えっ。今日、ですか?」

「そろそろ散歩するくらい平気だろ。天気もいいし、エルチェに城下町を案内するよ。昼食べたら、私服に着替えて来るんだぞ」


 私服? とエルチェは思ったけれど、レフィは上機嫌でアランと行ってしまった。そういう姿は確かに子供らしいと見えなくもない。

 食堂でまかないを詰め込んで、さて、と考え込むけれど、エルチェの私服はここに来た時の物しかなかった。支給された兵士服でまかなえてしまうので、新しく買うことを思いつかなかったのだ。

 案の定、くたびれた上下にペラペラの上着で現れたエルチェを、レフィとアランは口をあんぐりと開けて迎えた。仕方ないだろと開き直れば、レフィはすぐに気を取り直して「ちょうどいい」と腕を組んだ。


「先に古着屋に行こう」

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