第54.5話
長い夜になることを覚悟していると、七星が話し始める。
「あたしさー、高校のときに一年くらい付き合った相手がいたんだよね。一つ上の先輩だった」
「あ? ああ……。そりゃ、七星なら彼氏くらいいただろうな」
「うん。けど、あいつ、結構浮気性だったんだよね。見た目はいいし、頼れる感じもあるし、目立つ感じだったし、モテる奴だってのはわかってた。けど、あたしも結構頑張ってたし、浮気とかは心配ないと思ってた」
「そっか……」
「不思議だよね。あたしが頑張れば頑張るほど、相手は尽くされることが当然だと思っちゃう。大きな見返りを求めていたわけではないにしても、何をしても素知らぬ顔で、たまにこっちが力を抜くと、何で今日はこれしてくれないの? って顔をする」
「……うん」
「あたしさ、何か貰ったら返したくなる性格なんだよね。貰いっぱなしは気持ち悪い。
だからさ、こっちから何かをあげたら、自然と相手も返したくなるもんだと思ってた。でも、そんなことはなかった。貰うだけ貰って、それはお前が勝手にやったことだろ? なんでこっちから返さなきゃいけないの? って思う人もいるんだね」
「……うん」
「自分と他人は違うのに、あたしはその意味を全然わかってなかったな。今思えば本当にバカなことしてたよ」
「……うん」
「気まぐれに優しいときもあったんだ。サプライズで、いきなりプレゼントくれた。前のデートで、これいいなって話してたアクセサリーだった。
あたしが彼にあげるほどのものは返ってこないけど、彼は彼なりにあたしに返そうとしてくれてるし、これが彼なりの愛情表現なんだと思ってた」
「……うん」
「結局、それもあたしをぎりぎり繋ぎ止めておくための餌だったのかなって思う。あたしはだいたい彼の求めに応じる都合のいい女だったから、大事にしたいわけではないけど、失うのは惜しい、みたいな」
「……そう」
「あたしもさー、十七、八の男子に求めすぎていたんだとは思うよ。男子なんて、恋愛のことはよくわからなくて、女は性欲を満たすための道具にすぎない。貞操観念なんてろくに持ち合わせてない。
……男はそんなもんだって、体験してみないとわかんないよね。周りがいくら男はこうだああだ言ってても、あたしの彼氏は違うとか思ってた」
「……うん」
「あたしだってバカな女だし、大抵の男も女もバカなんだなって、今ではわかってるつもり。
まぁ、だから何ってわけでもないんだけど……強いて言えば、やっぱりあたしは幸せな恋愛をしたいんだよね」
「……そっか。そういう恋愛を経験すると、よりそう思うだろうな」
「というわけで、期待してるよ、燈護」
「俺だってバカな男の一人だよ」
「知ってるよ。なんでこんなこともわからないんだこいつ、ってよくイラッとしてる」
「……申し訳ない」
「別にいいよ。大したことじゃない。イラッとすることはあっても、一緒にいるとやっぱり楽しいんだよね」
「……俺も、七星と一緒にいるのは楽しいよ」
「あたしだけ特別って意味じゃなくていい。あたしのこと、好き?」
「……ああ、好きだよ」
「録音しました」
「おいっ。冗談だよな!?」
「よーし、今度夢衣と流美にも聞かせてあげよーっと」
「や、やめろよ!? 誤解を招くようなことはするなよ!?」
「誤解なんてしようがないじゃん。もう告白されたよ。あたしたち、今日から恋人同士だね?」
「違うから! そういう意味じゃない!」
「セフレがいいって?」
「ちっがうから!」
くっくっ、と七星が笑う気配。
畜生。からかわれているだけなのはわかるが、七星に踊らされている感じが悔しい。
「あのさ」
「んー?」
「もっと話していい?」
「……どうぞ」
「優しいね、燈護は」
「優しさだけが取り柄なもので」
「ゆうてそこまで優しくない」
「そりゃ失礼しました!」
「あーあ。毎日こんな風に燈護とおしゃべりしてたいな」
「……それはどうも。ただ、七星が欲しいのは、気軽に何でも言えるサンドバッグ的な何かじゃないのか? 暴力系ヒロインは昨今じゃ嫌われるぞ?」
「そこに愛があるからいいの」
「ああ、そうかい」
七星の恋愛話については、まだ中身があったというか、オチがあるといえばオチがあった。
しかし、これ以降は特に中身という程の中身はなくて、七星は思いついたことを適当にぽんぽんと放り投げ、俺がわたわたとキャッチするような会話になった。
女性はとにかくしゃべり続けたい生き物らしい。知識だけで知っていたことだけれど、ここ一ヶ月で、本当にそうなんだと実感することも増えた。
たまにこそっと退屈して、だけどラジオ感覚でそれとなく楽しむ感覚もあって、俺は長く七星のおしゃべりを聞いた。
午前四時くらいにはお互いにようやく眠りにつき、翌朝は見事に寝坊したのだけれど……こんな一日の終わりと始まりも、悪くないなと思った。
七星との関係は、これからどうなるのかな……。
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