第54話 夜

「七星……一緒に寝るなんて本気で言ってる?」

「あたしはいつでも本気だけど? 嘘も冗談も言ったことない」

「白々しい……」


 にはは、と七星が笑う。無邪気というか、腹黒いというか。

 なお、七星は既にベッドに寝ころんでおり、俺はベッド脇に立ちすくんでいる。

 早くおいでよー、と手招きされるが、俺は動けないまま。


「あんたもう十八歳でしょ? 十八禁はもうあんたを縛る言葉じゃなくなってるんだよ? 添い寝くらいでいちいち身構えなくていいってば」

「いつの間にか添い寝になってるし……。するとしても、同じベッドに並んで横になるだけだろ?」

「それだけで済むわけないじゃん」

「……わかった。俺、床に寝るわ。まぁ、厚着して寝れば問題ないはず……」

「それなら、燈護が寝てる間にこっそり添い寝するわ」

「……俺、今夜はネカフェでも行こうかな」

「ああもう! なんにもしないであげるからとにかくベッド来て!」


 七星がむくれる。可愛い。けど、惑わされてはいけない。

 でも、俺ってどうしようもなく押しに弱いよなぁ……。


「わかったよ、もう……」


 女性が隣に寝ているのに、俺は何もせずにいられるだろうか? すごく不安。でも、まだそういうのは早いとわかっている。何も決めてないのに、欲望に任せて襲ってしまってはいけない。

 明かりを消して、しぶしぶ七星の隣で横になる。

 七星がもぞもぞと接近してくる気配がしたので、急ぎ待ったをかける。


「寝てる間は接触禁止!」

「えー? これからいいところじゃん」

「とにかく禁止! 守れないなら俺は床に寝る!」

「はいはい。ったく、お堅い奴ねぇ。あんた、そんなに金髪嫌い? トラウマでもあるの?」

「金髪は関係ないよ……」

「そっかそっか。金髪碧眼の美女にこっぴどく振られちゃったのか。そりゃトラウマにもなるよね」

「俺の恋愛をねつ造するなよ!?」

「ん? ああ、そっかそっか。向こうから思わせぶりに近づいてきて、いざこっちから告白したら『そんなつもりじゃなかったのに』だって? それ、男を弄んで遊ぶ典型的な悪女だよ」

「七星は誰と話しているんだ!?」

「あれ? 見えない? そこに生気のない顔した男性が……」

「見えない見えない! 変なこと言うな! ここは事故物件でもなんでもないぞ!?」

「告知しない業者もいるらしいね」

「そんな怪しい雰囲気はなかったから!」

「騙す方があからさまに怪しい雰囲気出すわけないじゃない。私は詐欺師ですって顔で詐欺をしてる人がいないのと同じ」

「うぅ……なんか怖くなってきた」

「人肌が恋しくなったかい? もっとくっつこうか?」

「それが狙いか!?」

「まだ計画は第一段階目」

「もういいから! とにかく寝るぞ!」

「はいはい。わかったよ」


 少しだけ七星の気配が遠くなる。俺はベッドの端で、七星に背を向ける姿勢を崩さない。

 状況が特殊過ぎてなかなか眠くもないが、とにかく目を閉じておこう。


「あのさ」


 眠る努力をしたかったのに、七星がまた話しかけてくる。


「……どうした?」

「恋人未満って、楽しいね」

「はぁ……? なんでそんな話を?」

「今が楽しくてさ。完全に男女の関係になっちゃうと、それはそれで色々大変じゃん?」

「……知らんけど。未経験なもんで」

「大変なんだよ。相手に求めるものが変わってくるから。今は友達だから許せることでも、親密になりすぎると許せないことも出てくる。

 例えば、今はまだ、あんたがあたし以外の女の子に興味を持とうが、まぁいっか、って思える。恋人になっちゃったら、それも流石に変わるよ」

「そっか……」

「ただ、あたしはある程度そういうのコントロールできるつもりだし、燈護は付き合い始めたら一途になる人だと思うから、あまり心配はしてないかな」

「恋人になる前提で話が進んでない?」 

「あたしのこと、好きって言ったじゃん」


 まだ言ってる。


「……あえてもう突っ込まない」

「好きって言ったじゃん?」

「うん。そうだね」

「よし。今から男と女の時間を楽しもう」

「だ、か、ら! 俺はもう寝る!」

「あたし、どきどきして寝られそうにないんだけど」

「……そう、か」

「燈護はどう? どきどきしない? こういうの、初めてでしょ?」

「……横になってるだけでもある程度体力は回復するって言うからな」

「そっかそっか。下半身のうずきが寝かせてくれないか」

「そういうことじゃなくてね!?」

「もうさー、別に寝なくて良くない? 一晩くらい徹夜しても平気でしょ?」

「……寝なくてもいいけどさ。まぁ、かといって一晩中はしゃぐつもりもない」

「それでいいよ。もう少し話そうよ」

「……うん」


 このままじゃ俺も眠れそうにないのは確か。一晩くらいなら徹夜しても問題ないし、こんな夜もありだろう。

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