第42話 鳴歌の彼氏
嬉しさと悩ましさを感じつつ、俺たちは海浜公園内のフードコートへやってくる。
丁度お昼時なので人でごった返しているが、空きがないほどではない。
鳴歌と共にハンバーガーセットを購入し、長机の隅で二人分の席を確保。対面に座った。
「そういえば、鳴歌さんっていつからコスプレを始めたんですか?」
食事を始めつつ、軽く尋ねてみた。
「興味を持ち始めたのは中学生の時です。ただ、コスプレってちゃんとすると結構お金がかかるので、当時は安いメイド服なんかを着る程度でした。
高校生になって、バイトでお金を稼げるようになったら、好きなキャラの衣装やウィッグを買い揃えたりして、本格的に活動し始めましたね」
「へぇ、それじゃあ、コスプレ歴はもう五、六年ってところなんですね」
「そうなりますね」
「それだけ長く続けられる趣味を見つけられのも幸運ですね。好きなことでも、数年ともたずに止めてしまう人もいますから」
「ええ……。コスプレも、そういう方はたくさんいらっしゃいます。一度で満足してしまう方も……」
少し寂しげな顔。話の持って行き方を間違えた?
「えっと、今は趣味の範疇みたいですけど、プロのコスプレイヤーになろうと思ったことはないんですか?」
「プロの道は考えていません。今の時代、人前に出る商売でプロになると、しがらみが大きすぎて窮屈です。
失言してはいけない、少なからず人気取りをしなければならない、アンチに過剰に煩わされる、周りからの嫉妬に晒される……。
そういうのを気にせず、自分の好きなようにコスプレをしていたいです」
「なるほど。プロになるって、ただ有名になれてお金もたくさん稼げる、みたいな話ではないですもんね」
「ええ。プロになるには、好きとか嫌いとか、容姿がどうとか以前に、メンタルの強さがとても重要です。
けど……わたしには、正直そこまでの心の強さがありません。
失言してはいけないと思うと言葉は出てこなくなります。
人気を考えすぎると、自分を見失って途方に暮れてしまいます。
非難されれば傷ついてしまいますし、嫉妬に晒されるのも居心地が悪いです」
「そうですよねぇ。好きなことは副業程度に留めておくっていうのが、好きなものを好きなままでいるコツみたいになるかもですね」
「ええ。だからわたしは、ずっと素人として活動していくつもりです」
鳴歌は二十歳だったな。これから就職活動もしていくのだろうけれど、芸能関係に進むことはなさそうだ。
今後のことを訊いてみたいけれど、俺と鳴歌の関係では踏み込み過ぎか。
どう話を続けるか数秒迷っていると、唐突に、男性の声が聞こえた。
「鳴歌ちゃん! 久しぶり! またここで会えるなんて奇遇だね!」
声のした方を見ると、ゴツいカメラを持った三十手前くらいの男性が、こちらに手を振っている。中肉中背、エラの張った顔をして、キャラもののTシャツを着ている。
鳴歌という名前で呼んだとなると、恋人代行絡みで知り合った男性かな。
だとしたら……マナーを守ってほしいものだ。相手が俺では彼氏と一緒にいるとは思わないだろうが、ということは、鳴歌がお仕事中だというのはすぐにわかるはず。妨害するような真似はするべきではない。
鳴歌も、迷惑そうに顔をしかめている。
「今日はロリータファッション? すっごく可愛いね! 鳴歌ちゃんは元が良いから、そんな可愛らしい格好をすると、もう全人類を虜にすること間違いなしだ!」
傍に来て、ハイテンションでまくし立てる男性。俺の姿、完全に無視。意図的……なんだろうな。きっと。
ほんの僅かな言動でも、良いお客さんではなかったことがうかがい知れる。
「……シュンタさん。お久しぶりですね」
冷たい無表情で、鳴歌が反応。拒絶も理解せず、シュンタは続ける。
「本当に久しぶりだよ! また鳴歌ちゃんに会いたいって思ってたのに、なぜか利用停止になっちゃっててさ? 意味わからないよね? 俺、何も悪いことしてないのにさ?」
利用停止くらってるのかよ! そりゃそうだ……。なんか、この人怖いもの。
規約に違反するようなことは、もしかしたらしていないのかもしれない。しかし、デートを重ねると、何をしでかすかわからない危うさをひしひしと感じる。
「……シュンタさん、わたしは今……」
「ねぇ! また撮影会しようよ! 俺、丁度カメラも持ってるし、今日はバラが綺麗に咲いてるし!」
シュンタが鳴歌の手を取る。今、食事中だろ……。
なんだろう、この身勝手さ。完璧にヤバい人じゃん。
って、俺も見守っている場合じゃないな。ちょっと怖いけど……今は、俺が鳴歌の彼氏だ。鳴歌は、俺が守らなければ。
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