第41話 理由
鳴歌が向かった先は、フラワーミュージアムとはまた違った形で花々が咲き乱れる場所。池の周りに花畑が配置され、チューリップ他、様々な花が景色を彩っている。
「ごめんなさい。一人で勝手に動いてしまって……」
ようやく鳴歌が振り返り、俺に向かってぺこり。
「いえ、俺がなんか変なこと言っちゃったんでしょうし……」
「燈護さんは悪くありません。わたしが、勝手に動揺してしまっただけです」
「そうですか……。けど、とにかく落ち着いたなら良かったです」
「ええ。はい。……それでは、撮影されますか? それとも、写真にはあまり興味はありませんか?」
「いえ、撮らせていただきます」
「わかりました。……燈護さんのために、頑張ってみますね?」
それから、鳴歌の指導の元、撮影会が開始された。
先ほどとは違い、一対一の撮影になるため、鳴歌にぐっと近づいて撮影することができた。
スマホの画面一杯に鳴歌の姿が写る。画面越しじゃない距離も自然と近づく。
多少大げさに言ってしまえば、鳴歌の笑みには魔法がかかっているとさえ思ってしまう。眩しい笑顔を見ていると、胸が妙に高鳴ってしまうのを抑えられなかった。
今まで経験したことがないほどに写真を撮り続け、フォルダは鳴歌の写真で一杯になってしまった。何百枚撮っただろうか? 充電もかなり減ってしまった。
それにしても、恋人代行だから良いとして、スマホに四人の女性の写真が入っているというのは背徳的ではあるな……。こういうの、誰かと付き合い始めたら消さなきゃいけないんだろか? うーん、それはもったいない。事情を話したら理解してくれる女性って存在するのだろうか?
撮影が一段落したところで、鳴歌がすっと笑顔を消す。
普段から笑顔でいればいいのにな。普段と撮影時で、ここまで気持ちを切り替えなければならないもの?
「鳴歌さんの笑顔ってとても素敵だと思うので、普段から笑っていればいいのにって思っちゃいますね。笑顔でいるの、そんなに苦手なんですか?」
「それは……」
鳴歌の表情が陰る。何か嫌なことを思い出させてしまっただろうか。
「あ、その、話したくないことなら無理に
話す必要はないですよ? 俺は鳴歌さんの……友達でもないですし。プライベートに土足で踏み込むような真似はしません」
「……配慮いただいてありがとうございます。
確かに、いつも笑顔でいるのは苦手です。撮影の時は別の誰かになりきる感覚なのでいいんですけど、素の自分でいるときには、常に笑顔とはいきません。そうしていると少し辛くなります。……わたしの立場でこんなことを言うべきではないのでしょうけど」
「まぁでも、無理して笑顔を見せられるよりは、リラックスした感じでいてくれる方が、俺としては嬉しいですよ」
「燈護さんはやはり優しい人ですね。そう言ってくださると、わたしとしては余裕を持ってこのデートに臨めます」
「いえいえ。これくらいは紳士として当然ですよ」
「冗談のつもりでしょうけど、本当に紳士だと思います。笑顔でいることや、明るく振る舞うことを強要しないでいただけると、こちらとしてはありがたいです。
でも……燈護さんを前にすると、無理にでも笑っていたくなってしまいますね」
「ん? それはどういう意味です?」
「さぁ、どういう意味でしょう?」
鳴歌が悪戯っぽく笑う。見とれてしまうが、次の瞬間には、鳴歌が少し表情を曇らせる。
「どうしました?」
「……その、実のところ、普段から笑顔を見せないのには、別の理由もあります。ただ、デートしながら話すことでもなくて……」
「そうでしたか……。わけあり、なんですね。その……俺は友達でも恋人でもなくて、悪く言えばどうでもいい他人だから、気楽に打ち明けてみてくれてもいいですよ? ほら、案外、ネット上のよく知らない相手の方が、気楽に色々話せちゃうみたいに」
何か悩んでいることでもあるのなら、力になりたいとは思ってしまう。俺みたいな世間知らずではできることなんて高がしれているけれど。
「……ありがとうございます。そう思ってくださるだけで、とても嬉しいです」
申し訳なさそうな、曖昧な微笑み。そう簡単に踏み込ませてはもらえない、よね。
気を取り直して。
「えっと、そろそろお昼ご飯食べませんか? っていうか、撮影に夢中で遅くなってしまって申し訳ない」
時刻は午後一時前。もっと早く切り上げるべきだった。
「気にしないでください。わたしもご飯のことは忘れてました。撮影のときは、他のことが意識から外れてしまうんですよね」
「それだけ真剣に取り組んでいただけて、俺としては感謝するばかりです。さ、行きましょう」
手を差し出すと、鳴歌がすんなりと手を取ってくれる。
多少は打ち解けられた感じがして嬉しい。デートの終わりまでに、色んな秘密も共有できるくらい、親密になれるだろうか?
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