第40話 撮影

 ……この人、本当にさっきまで俺の隣でクールに佇んでいた人かな?

 撮影が始まると、鳴歌の雰囲気は一変した。先ほどまでのクールビューティーな印象はどこへやら、今は陽気な雰囲気でポーズを決めている。


「……めっちゃかわええ」


 今はソロを撮影中なのだが、女性的な可愛らしさを遺憾なく表現し、見るもの全ての心を掴むようなとびきりの笑顔を咲かせている。

 普段はクールな人が、不意に破顔するとギャップによる破壊力がえぐい。

 六人組も、可愛い可愛いと悶えながら撮影に励んでいる。


「彼氏さんは撮らないんですか!? これくらいはいつものことですか!? 羨ましいですね!」


 女性のうちの一人が、俺を誘ってくる。

 恋人代行は、スマホでの撮影なら問題ない。

 ただ、俺は一応相手の気持ちも確認したいところ。鳴歌の様子を見ると、ちょっと真顔に戻ってこくんと頷いた。いいですよ、とのことらしい。


「それじゃあ、俺も……」


 スマホを手にし、鳴歌に近づく。一番良さげなポジションは他の人に譲りつつも、なるべく見栄えの良い角度を探した。

 鳴歌はときに俺の方にも視線をくれて、ポーズを取ることもある。


「……綺麗だな」


 鳴歌は、写真を撮られるための練習をしてきたのだろう。視線、顎の位置、ポーズ……様々なものが、ただの素人とは違う。指の曲げ方一つにもこだわりがあるようで、どのポーズも美しく感じられた。

 時間にすれば、数分のこと。それでも、鳴歌の魅力をできる限り写真に残しておきたくて、百枚程度の写真を撮ってしまった。

 ソロ撮影が終わると、鳴歌は次に他のメンツと一緒に撮り始めた。

 俺としては鳴歌以外の写真にはあまり興味がなかったのだけれど、周りに促されて写真を撮ることに。

 レイヤーさんたちと並んでも、鳴歌は一際輝いて見えた。

 素質があって、努力があって、自分を魅せる術を身につけているのだろう。きっと。

 撮影会が終わると、六人組は頭を下げた後に奥へと入っていった。

 鳴歌が俺の隣に戻ってくる。先ほどまでの笑顔とは一転、無表情だ。


「ごめんなさい、デートの途中だったのに……」

「構いませんよ。それより、鳴歌って、二重人格的なやつですか?」

「……違います。撮影の時は、それように気持ちを切り替えているだけです」

「気持ちの切り替えだけでこうも変わるんですね」


 写真の鳴歌と、現在の鳴歌を見比べてみる。

 双子とか、ドッペルゲンガーが写真に映っていると言われても信じてしまいそう。


「わたし、変でしたか?」

「そんなことありませんよ。すごく可愛くて、綺麗でした。言われ慣れてると思いますけど」

「そうですね。よく言われます」

「はは。可愛げのない返事です」

「……そんなこと言ってくださるのは燈護さんだけです、と頬を赤らめた方が良かったですか?」

「いーえ。そんな嘘はいりません」

「では、余計な嘘は吐きません。……ここ、他にも撮影に使える場所があります。今はあの六人がいるので、移動しましょうか」

「はい。っていうか、デートコースはほぼお任せにしてましたけど、撮影のために俺を連れてきたんですか?」

「ええ、そうです。一緒に綺麗な景色を眺めるのもいいですが、わたしは被写体になることで相手を楽しませることができます。他にあまり魅力がない分、それで帳尻を合わせているところです」

「他に魅力がないってことは、ないでしょうけど」

「そうですか? クールと言えば聞こえはいいですが、人形と大きく差はありません。……撮影をなくせば、わたしにわざわざ高額なお金を払う価値はないんです」


 鳴歌は、被写体、あるいはコスプレイヤーとしての自分以外には、あまり価値がないと感じているのだろうか。

 そんなことないのにな、と俺は感じてしまう。


「……鳴歌さんの穏やかな雰囲気、良いと思います。隣にいて落ち着きます。

 コスプレには情熱的で一生懸命なところも魅力的です。撮影のときにはとびきりの笑顔で人を魅了できるのは、鳴歌さんのたゆまぬ努力の証でしょう。

 そして、人をよく見て考えて、相手の話を聞いてしっかり受け答えするところには、優しさと誠実さが現れていると思います。

 出会ってまだ二時間も経ってないのに、鳴歌さんの素敵なところ、たくさん見つけられました。

 こういったデートに対する対価をいくらとするかは、当然個人差があります。でも、俺は鳴歌さんとのデートに、払っている以上のものをもらっていると感じています。

 鳴歌さんは、人形なんかじゃありません。被写体としての自分を差し引いても、大変魅力的で素敵な女性です」


 諭すように告げると、鳴歌は視線を彷徨わせ、俯き加減のまま頬を桃色に染める。


「そう、ですか……」

「まぁ、こんなこと、言われ慣れていると思いますけど」

「……そこまで言ってくださるのは、燈護さんだけです」

「そうですか? けど、きっと他の人も思ってはいますよ。明確に言葉にしていないだけで」

「……ありがとうございます」


 鳴歌がさっと俺に背を向けて、一人で歩いていってしまう。

 あれ? もしかして怒らせちゃったか?

 そんなことはない……と信じたい。

 鳴歌の後を追いかけるけれど、追いついても良いものなのかな?

 悩ましく思いながら、付かず離れずの距離で鳴歌を追いかけた。

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