第21ー2話 ずぅっと

 考え込むのはほどほどに、俺は続ける。


「……俺、こういうデートは二回目で、一回目の人に、恋愛心理とかも結構教えてもらったんだけどさ」

「うん」

「恋愛でまず必要なのは、愛情や思いやりじゃなくて知識かもしれない、って言ってたんだ。正確には、メールで」


 恋愛心理に関する動画を送ってもらった際、そんな言葉が添えてあったのだ。


「どういうこと?」

「男性と女性では、根本的に考え方が違う場面がたくさんある。男性がどれだけ一生懸命に考えて、彼女のために尽くしたとしても、それは彼女にとって見当違いな言動になることも珍しくない。逆もまた同様。

 だから、恋愛を上手くいかせたいなら、知識もしっかり身につけた方がいいってさ」

「へぇ……そう、なのかな?」

「俺にもまだわからない。

 ただ、例えば、『私と仕事、どっちが大事なの?』っていう問いについて。

 男性は、どちらかが正解だと思って、どちらかを答えようとする。

 でも、本当はどっちと答えても意味がない。女性からすると、どっちと答えるかなんてどうでもいい。彼氏や夫が仕事ばかりしているせいで、自分がとても寂しい思いをしていると知ってほしいだけ。

 だから、『君の方が大事だよ』とか『仕事の方が大事だよ』とか言うんじゃなくて、相手を抱きしめて、『寂しい思いをさせてごめん』っと謝るのが良い。らしい。

 これが本当だとすると、男性は事前に知識を持っておかないと、絶対に正解を導き出せない。確かに、恋愛において知識はとても大事かもしれない」

「そっか……。恋愛は、知識か……。そういうことも、あるのかもしれないね」


 ふぅむ、と璃奈が難しい顔をしてしまう。


「おっと、あんまり真面目な話をしていたら、雰囲気が台無しだね」

「ううん。あたしも恋愛については勉強中って感じだし、面白い話を聞けて良かったよ」

「お化け屋敷で意地悪した分、ちゃらになった?」

「それはまだ。っていうか、一生許さない」

「おおう……。女性は怒ったときのことをずっと忘れないとか何とか……。恐ろしや……」

「ずっと忘れないよ。今日のこと、ずぅっと、忘れない」


 くすくす笑う璃奈。その忘れないは、どんな意味合いが込められているのだろうか?


「……ねぇ、燈護君。そっちのクレープも食べてみたいな。あたしのも少しあげるから、いいでしょ?」


 璃奈が気分を変えるように明るく言った。


「ん? ああ、いいよ」


 璃奈のはチョコクレープで、俺のはあずきクレープ。俺も璃奈のは気になっていた。


「じゃあ、少しだけ……」


 クレープの端をちぎってあげようとしたら。


「……あたしは、そのままでも、いいよ?」

「そのままって、そのまま?」

「うん。わざわざちぎらなくても、ちょっとかじらせてくれれば」

「璃奈がいいなら、いいけど……」


 璃奈にクレープを差し出す。レストランでもやったが、「あーん」状態だ。

 璃奈が端っこをかじり、笑顔になる。


「美味しい……。無難にチョコにしちゃったけど、あずきもいいなぁ」

「欲しければもっと食べてもいいよ?」

「……あたしを太らせる気だ」

「そんなことないって。っていうか、璃奈はもっと太ってもいいくらいだろ?」

「そんなにやせてない……」

「そう? 十分やせてるように見えるし、そもそも、やせてれば綺麗なわけじゃなだろ?」

「……そうだね。つまり、燈護はぽちゃっとした子が好きなわけだ」

「っていうか、好きになるのにやせてるかどうかは関係ない、ってところかな? あまりにもふくよかすぎると正直どうかと思ってしまうけど、常識の範囲内ならどっちだって構わない」

「……下着にお腹の肉がちょっと乗ってても構わないの? 本当に?」

「なんか妙に卑猥な感じが……。まぁ、それはそれでそそるというか……」

「うわ、そそるとか。やらしい男っ」

「男は皆やらしいの! 生物学的に仕方ないの!」

「ふぅん。……じゃあ、あたしにも欲情できる?」

「……はい?」


 気恥ずかしげに、様子をうかがうように璃奈が俺を見てくる。

 これ、なんて答えるべき? 璃奈は可愛いし、イエスなのは確かだけど……。

 うーん、ノーと言えないよな。


「えっと……欲情は、できるけど……。ねぇ?」


 頬を掻く。すると、璃奈もふと我に帰り、視線を逸らす。


「ご、ごめんっ。ちょっと、踏み込み過ぎちゃったよね……。あたしたち、別にそういうのじゃないのに……」

「まぁ、うん」


 俺たちは、一線を引いておかないといけない関係。

 恋人ではないし、将来的に恋人になるかもしれない友達でもない。

 恋人になってはいけない、恋人代行とその客だ。


「今の、忘れて……」

「うん……。あ、とりあえず、クレープ食べる?」

「……も、もう大丈夫。あ、でも、もらったから、こっちも食べていいよ」


 璃奈がチョコクレープを差し出してくる。気まずさを覚えながらも、その端を少しかじった。

 あずきとは違う、少しビターな甘さ。こっちも美味しいな。

 俺がかじった後も、璃奈は気にすることなくチョコクレープを食べ進めていく。間接キス……だけど、俺が変に意識しすぎなんだろう、きっと。

 俺も気にすることなく、クレープを食べようとして。

 ちらっ。

 璃奈の視線がこちらを向く。

 気まずさを覚えつつ、そのままパクリ。

 璃奈の頬が、少し赤くなったような気がする。

 うーん……。意識は、してるのかな? どうだろう?

 気まずさもあり、会話が盛り上がることもなく、俺たちは黙々とクレープを食べ進めた。

 ……本物の付き合いたてのカップルみたいだなんて思ったのは、きっと俺だけだろう。

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