第21話 特別
「それにしても、燈護君はやっぱり意地悪だよね。あたしをお化け屋敷に放置しようとするし」
園内の休憩用ベンチに座り、途中で買ったクレープを二人で食べていると、璃奈が不満を述べてきた。何か記憶が改ざんされているらいし。
「いや、俺、放置とかしてないから」
「そうだけど。でも、意地悪なのは事実だよ。平気で嘘吐くし」
「嘘っていうか、ちょっとした茶目っ気だから。璃奈を傷つけるつもりなんて全然なくてさ」
「わかってるけど! でも、とにかくあれだよ。あたし、お化けとか全然平気だから!」
「まだ言ってる。何がそこまで璃奈を頑なにさせるのか……」
「燈護君は、人の弱みを握ったらめちゃくちゃ利用するタイプの悪い人だもん」
「それも誤解だ。そんな悪いことはしない。俺はただ、女の子があたふたしているのを見たいだけなんだ」
「なんか変態チックなこと言い出した! あたしの初めてのデートの相手、隠れ変態だった!」
「冗談だって。さっき璃奈が目を閉じてびくびくしながら歩いているところ、スマホでこっそり撮影とかしてないから」
「ちょっと今からスマホのフォルダ見せてもらっていいかな!?」
「撮ってないよ。大丈夫」
「……ちょっと見せてもらっていいかな?」
璃奈の目が据わっている。俺の軽い冗談が、璃奈を本気で心配させてしまったらしい。
俺はおとなしくスマホを璃奈に見せる。
変なものが残っていないことを確認し、璃奈はほっと一安心。
「……良かった。これで燈護君が何かいかがわしい動画でも撮ってたら、もう二度と男の子を信用できなくなるところだった」
「俺の責任が重い……」
「だってあたし……初めてだもん。男の子と、こんな風に遊ぶの。お仕事ではあるけど……やっぱり初めてだから、燈護君は、特別なんだよ……」
「……そっか」
俺にとって澪が特別な存在になっているように、璃奈にとって、俺は特別な存在になってしまうのだろう。
澪とした初めてのデートについて、俺はきっと一生忘れない。いいデートだったからなおさらそうだけど、上手く行かなかったとしても、きっと一生忘れない。
初めてというのは、それだけ特別。璃奈にとって初めてのデートは、本当に、大事にしてあげなきゃだな。
「……あ、その、ごめん! なんかちょっと重い雰囲気にしちゃって……。燈護君とは……こういう関係だし、燈護君は、変に気負わなくていいんだ。あたしが勝手に変なこと考えちゃってるだけで……」
「……俺と璃奈は、恋人代行とそのお客さん。それでもさ、せっかくだからいい思い出残そうよ。まぁ、ずっと続く関係じゃないけど、璃奈の片隅にでも、俺の居場所が残ってくれると嬉しい。
少なくとも璃奈は、俺の中でずっと残っていく。練習のデートだったとしても、本当に楽しかったなって、思い出し続ける。
ずっと続くわけじゃない関係でも、それってとても幸せなことじゃない?」
「……うん。そうだね」
璃奈がフフと綺麗に笑う。この笑顔を、ずっと忘れずにいたいな。
「……あ、そうだ。ちょっと訊いてみたいことがあって」
こんなことを訊いて良いものか……。本当の彼女だったら訊けないかもしれないけれど、こういう機会だから、思い切って尋ねてみよう。
「うん? 何?」
「女の子は、ちょっとだけ意地悪なことされる方が嬉しいって、本当なのかな?」
「……はい?」
璃奈が急に胡散臭そうな顔になる。
「あ、その、あのね? 今、恋愛の勉強で、恋愛心理に関する動画を見ていてね? その中に、女性は優しくされるばっかりじゃなくて、軽くいじられたり、からかわれたりする方が、相手に良い印象を持つって感じのがあったんだ」
「……どうしてそうなるの?」
「優しいばっかりの男性は、媚びを売っている感じで、みっともないと女性は感じる。
軽くからかってくるのは、あなたに嫌われたって平気だよって態度を意味していて、女性からすると強いモテ男に映るから好印象……とかなんとか」
「へぇ……。燈護君の意地悪は、そこから来てるのかな?」
「うーん、そういう部分がなきにしもあらず。単純に俺の性格が悪いのかもだけど……」
璃奈が呆れたように溜息。
「あたしは、燈護君にとって実験動物なわけだね?」
「その言い方はちょっと……。学んだ知識を、実践してる最中なだけなんだ」
「同じことだよ。……でも、燈護君が恋愛の勉強中だってことは始めからわかってたことだから、別に怒りはしないよ」
「それはよかった」
「まぁ……その質問に答えるなら、確かに、ちょっと意地悪な燈護君も、あたしはいいいと思ったよ。
恋愛心理はわからないけどさ、優しくされるだけだと、相手と対等な関係ではいられなくなる気がする。お父さんとか、お兄ちゃんとか、そういう感じに映るかな……? でも、媚びてるとは思わないよ。
そして、同じ目線で触れあえる相手なら、ちょっと意地悪なことをするくらい当然だとも思う。友達同士だってそうだもんね。もちろん、本当に相手を不快にさせる行動はダメなんだけどさ」
「そっかー。やっぱり優しいだけじゃ、女性からするといまいちかー……」
「いまいち……かな? うーん、優しい人も、悪くないと思うよ?」
「悪くない、じゃなくて、いいなって思われたいんだ」
「そっか……。恋愛って難しいね……」
「ね」
恋愛初心者の俺と璃奈では、この問題に対して良い答えは導き出せないようだ。
一緒に頭を抱えて考えるのも、悪くないのだけれどね。
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