第65話 寒い

「そ、その、胸を強調するポーズとか取らなくていいから!」

「本当にいいんですか? こういうのが撮りたくて、水着を希望したんじゃないんですか?」

「それはそうだけど! でも、目の前でそういうことされると、流石に恥ずかしくて撮ってられないから!」

「……あ、これはむしろ、『いいぞもっとやれ』と言う意味ですよね? お笑いだと、あえて逆のことを言うこともあるようですし」

「違うから! 言葉通りの意味で受け取って!」

「胸よりも太股がお好きでしたか?」

「脚もとっても綺麗だけど、あえて晒さなくてもいいから!」

「ああ、チラ見えくらいの方が想像力をかき立てられるから良い、ということですね?」

「変な解釈しなくていいからね! そういうのもいいとは思うけれども!」

「はっきりしてください。燈護さんはパンチラとパンモロ、どっちがお好きなんですか?」

「変な質問しないでいいから! どちらかというと前者かな!?」

「ふぅん……。今度は水着じゃなくて、メイド服でも着ましょうか? 燈護さんのお好みのシーン、撮ってもいいですよ? こう、ちらっと」

「いや、その……」

「もしくは、たくしあげ、というのもいいと思いませんか?」

「やらしいのを撮りたくて流美を撮ってるわけじゃないから! 本当に!」

「そうですか? まぁ、お楽しみは、わたしたちの関係が進んだときのためにとっておきましょうか。今はまだ、ね。ふふっ」


 こんな具合に、流美との撮影会を行って。

 スマホの中にまた流美の写真が溢れることになった。残念なのは背景が俺の部屋であることだが、日常風景の中に水着の女性がいるというのもそれはそれでありかもしれない。

 撮影を終えて、流美は水着姿のまま写真をチェック。写りの悪いものを消していった。その目の真剣さに少々気圧されたのはさておき。


「ところで燈護さん。もう春とは言え、まだ夜は冷えますね。寒いので温めてくれませんか? 人肌で」

「……服を着ればいいんじゃないかな?」

「わたし、夜には服を着ない主義なんです」

「それだと水着もアウトになるよ!?」

「……わかりました。多少遠慮していましたが、全部脱ぎます」

「脱がなくていいから! この部屋で裸になるの禁止!」

「なら、やっぱり燈護さんに温めていただくしかありませんね。ほら、早くしてください。わたしに風邪を引かせたいんですか?」


 誘うような瞳。甘えた声。要所以外が晒されている肌。

 流美に見つめているだけで理性がごりごりと削られていく感覚がある。


「いや、だから……人肌とか、無理だから……」

「なら、せめて後ろからぎゅっとしてください。服を着たままでいいので」

「うーん……」

「うう……寒いです……」


 流美がわざとらしく体を震わせる。寒いなら服を着てくれと冷静な部分では思っているのだが、そっちがその気なら温めてやろうじゃないかという煩悩まみれな気持ちもある。

 勝ったのは後者で。


「始めからそうしてくれたら良かったんですよ」


 ふふん? と勝ち誇ったように笑う流美。俺はその柔らかな体を後ろから抱き締めている。

 二人で前後に並んで座っている形だが……さらに、流美はより深く背中を預けてきた。


「あー、寒い寒い。燈護さん、もっとわたしの体全体を覆うように抱き締めてくださいな。腕が体から離れてますよ?」

「こ、これ以上はダメだってば……」

「何がダメなんですか? 人命救助に何を恥ずかしがる必要があるんです?」

「人命救助じゃないから……っ」

「まぁ、風邪を引いて、燈護さんに責任を取ってもらうのもありですね」

「責任って……」

「食事、お風呂、トイレのお世話などをしていただきましょうか」

「食事はともかく、ただの風邪であと二つは必要ないから!」

「……まぁ、正直、流石にトイレのお世話をされるのは恥ずかしいです……」

「恥ずかしいなら言わなければいいのに……」

「恥ずかしがっているところがツボなんでしょう?」

「……否定はできない。っていうか、お風呂はありなのか……」

「恥ずかしいとは思いますけど……あり、ですよ? お風呂というか、タオルで汗をかいた女性の体を拭くっていうの、男の子はやってみたいんじゃないですか……?」

「いや、その……」

「今、どんなこと想像してますか?」

「な、何も想像してないよ!」

「本当ですかー? まぁ、いいです。そうやって慌ててる燈護さんも、いいと思いますっ」


 ふふ、と嬉しそうに笑って、流美が俺の手をきゅっと握る。何か大切なものを愛でているかのようで、俺は気恥ずかしさが募る。


「燈護さん。わかっているとは思いますけど、わたしがこんなことするのは、燈護さんに対してだけですからね」

「……うん。まぁ、わかってる」

「良かったです。……ところで、わたしとは、本当にキスしてくれないんですか?」

「……キスとかは、しないってば」

「わたしとだけキスしないなんて、それだけで印象薄いですよね。それなら……これは、どうですか?」


 流美が俺の右手を導き……自身の内ももに押し当てた。

 足の付け根にほど近い場所で、少しずらしただけで流美の大切な部分に触れてしまいそう。また、その部位自体にも性的なものを感じてしまい、どきりと心臓が跳ねる。

 滑らかな肌に、ほんのりした柔らかさ。感触は、良い。そして、触れてはいけない場所に触れているという背徳感が、さらに興奮を誘ってくる。


「ちょ、ちょっと!?」

「燈護さんが望むなら、もっと色々なところに触れてもいいですよ?」

「そ、そんなことしないから! 離して!」


 俺が手を引こうとすると……流美が脚を閉じて、俺の手を太ももで挟む。

 柔らかなものに挟まれる心地良さ。理性よりも欲望が勝って、その場から手を動かせなくなる。


「本当は胸でも触ってもらおうかと思いましたが……それは、大事なときにとっておきますね。物足りないかもしれませんが、これでもかなり恥ずかしいんですよ?」

「恥ずかしいならしなければいいのに……」

「付き合ってもないのに、ここまでするのは過剰だとわたしも思います。でも、ぼんやりしていたら、わしのことを意識してもらえなさそうですから」

「……でも、なぁ」

「なりふり構わず、大胆なことをする女性は嫌いですか?」

「嫌いとかは、ない」

「もっとやれ、と言うことですね?」

「違うからっ」


 慌てる俺に対し、流美はくすくすと笑うばかり。


「けど、なんだかんだ言って……燈護さんなら、本当にわたしに手を出してくることはないだろうと思っているから、こんな大胆なこともできるんですよ」

「……そう」

「裸を見せるのも、男女としてのあれこれをしてしまうのも、まだ心の準備ができていません。けど、こうして誘惑まがいのことをするのも、これはこれでどきどきして楽しいです」

「俺をからかって遊んでるわけね」

「そうかもしれません。恋人未満のこの曖昧な関係でしかできない、今だけの楽しみ方です」

「自制心が過剰労働を苦にストラキしそうだよ」

「燈護さんがその気なら、わたしも覚悟を決めますよ?」

「……一瞬自制心の意識が飛んだよ。あまり過激なことは言わないでくれ」

「仕方ありません。今はまだ、燈護さんに温めていただくだけにしましょうか」


 太ももで手を挟んだ状態はそのままで、流美は心地良さそうに息を吐く。

 ……あまり背中をぴたりとくっつけようとしないでほしいな。その……男として反応せざるを得なかった部分が、触れてしまいそうになるから。

 僅かに腰を引きつつ、俺はしばし、流美の体を温めるに努めた。

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