第61話 爛れ

「それで、燈護の爛れた大学生活はどんな感じなのかな?」


 澪が好奇心を隠さずに見つめてくる。


「べ、別に爛れてるわけではない……と思う、よ?」

「それは聞いてから判断する。さ、早く早く! 急がないと本命ちゃんとのデートに間に合わないよ? 浮気相手とのデートは、隙間時間にちゃちゃっと済ませるんでしょ?」

「人聞きの悪い! 俺はそもそも誰とも付き合ってないから!」

「わかったわかった。さ、早く教えて?」


 澪に促されるままに、俺は最近の出来事をざっくり話していく。

 夢衣、七星、流美との交流、恋人代行としてのデートの様子、その後の日常でのやりとり、そして、二夜連続で女友達が泊まりに来て、さらに今夜ももう一人が泊まりに来ること。

 話を進めるうち、澪の表情がだんだんと険しいものに変わったのだが、最終的には何か悟りを開いたようなすっきりした顔になった。

 そして。


「まさかとは思うけど、全部燈護の創作話でしたってオチじゃないよね?」

「それはないよ。本当の話」

「本当の話なのかぁ……。ううん、たった一ヶ月でそんな爛れたハーレム生活を送るようになるとは思わなかったなぁ……」

「爛れてはいない……よ?」

「十分爛れてるわー。何その三夜連続日替わり彼女お泊まり会。どうやったらそんな爛れきったお色気イベントが発生するの? 燈護、何かファンタジックな能力に目覚めて女の子操ってない?」

「そんなわけないだろ。俺は至って普通の男子大学生だよ」

「実は大企業のお坊ちゃんで、億単位のお金を軽い気持ちで動かしてない?」

「ないない。通帳の預金残高は六桁以下だよ」

「本当かなぁ……。誰にも言わないから、お姉さんにちょっと本当のこと話してみない?」

「本当にお金持ちじゃないよ。ってか、澪が随分と悪い顔になってるけど、お仕事で知り合った男性からこっそり大金せしめてない?」

「ああいうのはバレなきゃいいの」

「え? 本当に大金を?」

「うそうそ。貰ってもせいぜいダイヤの指輪くらい」

「ええ!? 本当に!?」

「あ、これも嘘だから。流石にそんな高価なものは受け取れなかったわ。代わりに花束だけいただいたけど」

「……ちょっと待って。渡されそうになったのは本当なの?」

「うん。まぁ」

「へぇ……」


 ダイヤの指輪って、かなりガチで澪を好きになっちゃった人がいるってことだよね……。

 澪は魅力的だから、それもあり得る話なんだろうな……。


「澪は、本気でアプローチしてくる男性と付き合おうと思ったことはないの?」

「んー……私はあくまでお仕事としてデートしてるだけだからね。お金を貰える分、見返りとして精一杯楽しいデートを演出しているけど、その雰囲気を日常生活で求められても困っちゃう。

 お仕事中の私を好きになって貰えても、取り繕わない私を好きになってくれるかわからないから、付き合おうとは思わない。

 ……それに、ちょっとぶっちゃけで言っちゃうと、お仕事で出会う男性に本当に魅力的な人は少ないんだよね。そういう人は、身近にいる女性とお付き合いしているからさ」

「……そっか。それもそうだな。俺みたいに、お金を払わないとまともに女性とデートもできない奴が、ああいうのを利用するんだよな……」

「そういう一面もある。あくまで一面ね。ただ、燈護にはもう、お金を払わなくてもデートしてくれる人がいるみたいだけどね?」

「幸いなことにね」


 今の話を聞く限り、澪はお客さんと本当の恋愛をするつもりはないのだろう。それが自然だと思うし、つまりは俺とこれ以上深い関係になることはない、ということだ。

 わかっていたけれど、残念な気持ちも少しある。俺、本当に浮気性だよなぁ……。

 しかし、魅力的な女性は、やはり魅力的に映ってしまうのだ。誰とも付き合っていないのだし、今はこんな浮気性も許してほしい。


「……まぁ、例外がないとは、言い切れないかな」


 澪がぼそりと呟いた。意味深に上目遣いでこちらを見ているように感じるのは、気のせいだろうか。


「澪は、お仕事中、誰かを好きになったことがあるの?」

「……私も一人の人間だからね。そういうことが、全く起きないとは言い切れないよ」

「そっかぁ……。じゃあ、俺も頑張ったら可能性あり?」

「え、私をハーレムメンバーの一員に加えようとしてるの? 欲張りすぎじゃない?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……」

「今のは思い切りそういう発言だったじゃない。はぁ……。一月前にはあんなに純情そうだったのに、すっかり情欲に溺れる小汚い大学生になっちゃって……」

「小汚いって……」

「清廉潔白、ウブで純情な大学生を気取るなら……今この場で付き合う子を決めてみなさい!」

「う……それは、まだ無理……」

「ほら。もう燈護はただの薄汚れたお猿大学生だよ。嘆かわしい……。これからきっと、お酒とたばことギャンブルにもはまっていくんだわ……。ヨヨヨ……」


 自分で擬音語を発しながら、澪は両手で目を覆う。


「……お酒とかは興味ないから大丈夫だよ」

「どーだか。心配だなぁ。遊び慣れてない人ほど、ころっと道を踏み外すのよねぇ……」

「……そんなに心配なら、澪が俺を見張っておいてよ。道を踏み外さないように」

「……それ、私を口説いてる?」

「……いや、そういうわけでは。ないような、あるような……?」


 自分でも、どういう気持ちで言っているのかわからない。

 恋愛関係になりたいと明確に思っているわけではない。友達としてでもいいから、澪と接点を持っていたいというだけ、だと思う。たぶん。


「ふぅん……。ほんっと、見境ない男の子になっちゃったもんだなぁ!」

「……申し訳ない。魅力的な女性が周りに多すぎるのが良くないんだ」

「それはあるかもね。一途が求められる世の中になったって、人間の中にある動物的な部分は大して変わってない。意志の問題じゃなく、肉体的にそうなっているだけ。燈護が意志薄弱と言うつもりはないよ」

「……どうも」

「既婚者の男性だって、妻以外の女性に全く興味がなくなるわけじゃない。それでも、理性で自分を制御して、結婚生活を成り立たせている。……らしいよ?

 だから、下手に曖昧な関係を続けるわけじゃなく、最後にはきっちり一人に決めるなら、それでいいと思う」

「ご理解いただけてありがたい」


 澪と話していると落ち着くな。守るべき一線を示しながらも、男性の心理も理解してくれる。

 こういう人と結ばれたら、安定したいい人生が送れるのかなぁ……。

 

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